著者は,アイルランド共和国のQueen's Universityの図書館長である。著者は,アイルランドにおける図書館事情を,歴史的推移と将来への展望の二つの観点からまとめている。歴史的推移は,当然のことながら,イギリス本土における図書館行政の影響を密接に受けている。アイルランドにおける最初の公共図書館法(l855)は,イングランドおよびウェールズにおける公共図書館法(l850)の原則を,ほとんどそのまま踏襲したものである。この図書館法は,1894年,1902年に部分的な改訂が行なわれたが,Andrew Carnegieによるアメリカおよびイギリスに対する図書館寄贈が,アイルランドにおいても,近代的な公共図書館の基盤を築いている。少くともDublinとBelfastの二大都市における公共図書館活動の基礎となったのは事実である。しかしながら,1921年における共和国独立は,イングランドの図書館法を基本的には採用しながらも,図書館行政の実際面において,アイルランド共和国(カトリック),北アイルランド(プロテスタント)の両者とも,イングランドと微妙な差異を見せはじめる。共和国においては,(1)1925年Local Government Actが,地方自治体に図書館設立の権限を与え,(2)1940年County Management Actが,地方行政の専任者の採用と権限を規定し,(3)1947年公共図書館法が,アイルランド中央学生図書館の財源支出を法制化したのである。ちなみに,この中央図書館は,1923年に,Carnegie United Kingdom Trustにより設立され,1947年共和国に移管されたものである。北アイルランドにおいては,1924年に公共図書館法が施行された。
共和国および北アイルランドにおける図書館の発展は,イングランドにおけるそれと較べて,非常におそく,イングランドおよびウェールズにおけるRoberts Committeeの報告の影響があって初めて積極的な動きを見せはじめるのである。例えば大学図書館振興委員会,国立図書館委員会などの設置が見られる。さらに,北アイルランドにおいては,高等教育振興委員会が政府によって任命され,1964年,「北アイルランドにおける公共図書館の発展と,他種図書館との関係」に関する調査委員会が設けられるなどである。これらの委員会活動の結果得られた一つの方向は,ロバーツ委員会報告の基準の原則でもあった地方自治体の行政下にある健全な図書館の発展であった。アイルランドにおける図書館基準は,イングランドおよびウェールズとの財政的基盤の相違から,量的にはやや下回るものとはいえ,基準の設定は,図書館の発展の具体的指針として大きな役割を果たすことになる。
この公共図書館基準は,大学図書館の基準設定に大きな刺激を与えることになる。大学自体の規模,学問的水準その他の個別差が基準設定の障害とはなるものの,大学予算の6%が,図書館予算となるという大筋においては一致を見るに至る。綜合大学における基準および図書館のパターンは,工業大学をはじめ他の単科大学における図書館基準の基本的要素を示すことになる。
いずれにしてもアイルランドの図書館発展の様相は,イングランド,アメリカ,カナダ等の先進国のパターンを追うことになるのだが,これら高度に工業化された産業国家と比較して,依然として天然資源および農業を主とするアイルランドの立国条件は,図書館に対しても厳しい状態を示さざるを得ない。北アイルランドにおける公共図書館振興の助言委員会は,「図書館振興こそ工業国,農業国,輸出国としてのアイルランドの地位を保つ力を有する国民を育てる方策である」と,強調する。
著者は,さらに,代表的大学図書館の例を若干紹介し,結論において,イングランドとアイルランドは,同種の図書館基準によりながらも,人口,地理的条件,その他により,実際面における基準の適用は,実情に即して行なわれるべきであると強調する。さらに,地域的な総合協力体制の強化,国際協力,利用者分析,図書館員の教育,図書館員の視野の拡大,機械化への柔軟性などが,これからの発展に必要な要素として,とりあげられている。
(S. W.)
© 1971 三田図書館・情報学会© 1971 Mita Society for Library and Information Science
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