1960年に作られた「学校図書館活動の基準」は,1965年の今日に於ても重要な原則を示している。にもかかわらず,アメリカに於て,資料センターとしての学校図書館が学校教育活動の根幹であるということを充分理解している教師が,残念ながら少ないのが実情である。
同様に,1959年に示された“Images of the Future”に関しても,一般的に現場の教師は非常に消極的且つ保守的である。
また逆に,“The National Defense Education Act, 1958(国防教育法)”以来,外国語教育及び自然科学分野の教育が,国庫補助により重点的に強化され,教師の再教育が行なわれ,教材,教具,資料が大巾に備えられるようになったにもかかわらず,学校図書館側ではその発展に充分応じているとはいいがたい。
シアトルの公立諸学校に於ても,プログラム学習,テレビジョン学習,Team-Teachingなどが実験的に行なわれはじめたが,Team-Teaching一つを例にとっても,それに要する膨大な資料と,周倒な準備,教師間の調整など,非常に困難な問題を図書館をはじめ校内各部に投げかけている。
また,1957年以降,公共図書館の中・高校生利用が重大な問題となりつつある。ワシントン州に於ても,公立諸学校,ワシントン大学図書館学校,シアトル公共図書館の共同計画により,教育の新動向に対処する原則の発見に努力しつつある。州学校図書館指導主事アーラー女史を中心として,州教委,州教育長,州議会文教委員会により,1965年度の州議会に“資料センターとしての学校図書館強化案”が上提されている。
また,1957年以来改訂された高校の社会科教育が世界の時事問題を中心課題としているために,学校図書館及び公共図書館の両者に於て,成人レベルのup-to-dateなinformationalな資料に対する要求が激増した。ウェスト・シアトル公立高校に於ても,購入雑誌の種類と部数が大巾に変更され,また,配架や貸出の方法も,従来の図書館の常識を破る程の改革を必要とするようになった。また,雑誌記事索引その他の索引類の利用度も急増したのは当然である。従って,図書を中心とする従来の学校図書館の蔵書構成そのものにも,根本的な変更が必要となりつつある。それに加えて,パンフレット・レコード,フィルムその他の資料が重要な位置を占めるようになり,利用指導の内容もその面を重視する必要が生じてきた。
更に教育課程の改変に伴ない,生徒は非常に学習に忙しくなり,従来の生徒図書委員の活動も,あまり期待できない状態になりつつある。
この様な学校教育の革命的な変化に対して,学校図書館はどのように対処できるであろうか? 出版界におけるぺーパーバックの激増。図書館に於ては,図書選択より利用に至る時間を大巾に短縮しなければ,up-to-dateの要望に副えないという問題点。人手の不足。資料の質的評価と,変化を続ける教科内容との調整。このような諸問題の重圧を考えるとき,機能的に集中化,中央化された資料センターの意義がますます重要となってくるのである。
© 1965 三田図書館学会© 1965 Mita Society of Library Science
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