A. 情報行動における文脈と情報源
情報行動研究は“情報を知覚し,探索し,理解し,利用するという人間の一般的で本質的な行動を描写”1)[p.4]することを主たる目的として発展してきた。伝統的には情報探索のみに焦点が当てられることが多いが,情報探索だけでなく能動的,受動的な情報探索と情報利用が対象であり,情報利用には個人が既存の知識に情報を取り込むための行動も含まれる2)。そこでは行為者の行動と認知,さらにそれらに影響を与える文脈に焦点を当てて情報行動のメカニズムを明らかにする試みがなされてきた。
情報行動の文脈は多様であるが,Courtrightは複雑な情報行動を扱うためには,文脈を動的な物として捉え,社会制度や技術のような行為者の認知の外で変化するものも考慮することが必要であると主張した。そして,情報源やそれを構成する情報技術は,規範にも影響し情報行動を変化させる重要な文脈の一つであると指摘した3)。
Allenらは情報行動を行為の主体,行為の目的,“Tool”という三つの主要な要素からなるものとして捉えた上で,情報源や情報技術は“Tool”の一部として扱った。この“Tool”は一般的な道具という意味ではなく,規範等その他の文脈の中で解釈され,行為の主体や目的とも相互作用するものとされた4)。つまり,Allenらは情報源を社会的意味付けが行われる対象として捉えた。
本研究はこのようなこれまでの情報行動研究における情報源に関する議論を踏まえ,行為者の意味付けをも含めた情報源を扱うために,「情報メディア」という概念を導入する。この情報メディアを情報行動の中で行為者がどのように理解し,意味付けるのかを,情報メディアの選択の場面において明らかにすることを試みる。
B. 情報行動研究における情報源の扱われ方
伝統的な情報行動研究の立場では情報源は情報行動において利用される道具として扱われ,それらを研究の中心にすることは行為者の認知から注意を逸らすために望ましくないと批判された1)。しかしA節で触れたように,情報源の捉えられ方は変化してきた。以下,これまでの情報行動研究を情報源の捉え方という観点で概観する。
1. 伝統的な情報源の捉え方に基づく研究
情報源を情報行動において利用される道具として捉えながらもその情報源の利用に焦点を当てたものとして,特定の情報源や情報システムがなぜ利用されるかの実証研究が行われてきた5–10)。それらの研究では社会心理学やヒューマン・コンピュータ・インタラクションの分野で広く用いられてきたモデルが分析枠組みとして用いられている。
これらの実証研究は限定的な場面における特定の情報源の利用についての一般化可能なモデルを構築することを志向しており,多様な文脈で個別の行為者によって行われる情報源の意味付けは想定されていない。しかし情報源の利用を,情報源に対する多様な認識とその他の文脈の相互作用の中で生じる判断プロセスの結果として捉えている点は情報源とその意味付けに焦点を当てた分析を行うための指針となりうる。
2. 個人の情報源の意味付けに着目した研究
前項で触れた研究が特定の情報源の利用を一般化可能なモデルによって説明しようとしているのに対し,個別の行為者がある場面でどのように複数の情報源から利用する情報源を決定するかに焦点を当てた研究も行われてきた。Sonnenwaldは,個人が置かれた個別の状況や社会的ネットワークを含む文脈によって情報ニーズと利用可能な情報源が定まるとし,その利用可能な情報源は行為者の選好に基づいて重要さが判断され,“Information Horizons”にマッピングされるとした。この重要さの判断は個別の場面に応じて個人的な選好で定まる場合も,役職等の社会的役割を前提として定まる場合もある11)。
Savolainenは“Information Horizons”をもとに,個人の選好に基づいた重要度順のマッピングをより明確にZone1からZone3に区分し,そのそれぞれに情報源を位置づける“Information Source Horizons”を定義した。そして,Zoneごとの情報源を描写させる実証研究を行い,環境活動家か失業者かという行為者の属性の違い,継続してモニタリングしている情報を得ようとする場合と問題解決を意図して情報を得ようとする場合という目的の違いによって“Information Source Horizons”が異なることを示した。さらに,情報メディアの選好はその情報メディアによって得られる情報の内容,情報メディアの利用可能性,アクセス可能性等の要因を考慮して判断されることを示した12)。
SonnenwaldやSavolainenの提案する個人の認知に基づいた情報源のマッピングは,多様な文脈の中で個人が情報源に対して行う意味付けに着目し,その意味付けによって利用されるものが定まることを示したものである。ただし,関心対象は行為者が行うマッピングがどのようなものかであり,情報源の意味付けが行われる過程や,あるコミュニティにおける情報源の社会的な意味付けには焦点が当てられていない。
3. コミュニティにおける情報源の意味付けに着目した研究
あるコミュニティにおける情報源の意味付けに関心を向けた研究として,Anderssonによる研究がある。彼はスウェーデンのティーンエイジャーを対象にGoogleの利用に関するインタビュー調査を行い,そこでのGoogleの意味付けをフレーム分析から明らかにした。その結果,情報ニーズを満たすためという用途が同じであっても,状況によってGoogleに対して異なる意味付けが行われていることがわかった。例えば学校の課題に取り組む場合は,Googleは調べ物のために不可欠である一方で面白みのないツールと捉えられ,余暇で利用する場合には目的のウェブサイトにたどり着くために必ず利用はするが意識には上らない通り道のようなものと捉えられていた13)。Anderssonの研究は,行為者と行為者の属するコミュニティ,用いる情報源が同じであっても,情報源に対する意味付けが場面によって異なることを実証したものである。しかし,複数の情報源がある中から特定のものを選択して用いることは想定されていない。
情報行動において利用される情報源を理論化することを試みたものして,Allenらによる研究がある。彼らは情報行動の複雑な文脈を分析するための枠組みとしてColeの文化・歴史的活動理論を適用することを提案し,理論的な検討を行った。A節で述べたように,Allenらによると情報源は情報行動の主要な構成要素の一つ“Tool”として扱われる。“Tool”には情報源のみではなくそれを用いるためのスキルという無形のものも含まれる。“Tool”は規範等他の文脈に応じて理解され,作り変えられると同時に,“Tool”の利用によって他の文脈に変化が生じるとした4)。彼らはこの枠組みを用いて特定の組織,職業のコミュニティでどのように情報が共有されるかの実証研究を行った。例えば警察におけるモバイル技術の受容を対象とした研究では,モバイル技術は導入当初は既存の仕事の進め方や規範を破壊するものと解釈された。そして,導入に伴う情報行動の変化あるいは混乱に応じて組織内の規範の変化やモバイル技術の改良が生じ,組織としての投資の価値があるもの,仕事の一部を構成するものとして警察組織内でのモバイル技術の意味付けが変化した14)。
ByströmらもAllenらと類似の立場であり,あるコミュニティでの複雑な情報行動を分析するために,そのコミュニティの文脈の中で作り出され,解釈され,再構成される“Information Artefacts”に着目することを提案した15)。彼女らは,アフリカの大学病院の診療チームを対象に観察調査およびインタビュー調査を行った。その結果,チームで作成される医療記録ノートがチーム内の情報共有だけでなく,部門を超えた合意形成の機会を提供する,記入のためのルールによって職場の権威関係を強化するという役割を持ち,医療従事者の情報行動と強く結びついていることを明らかにした16)。
以上の研究により,コミュニティの中でどのように情報源が意味付けられ,行為者と相互作用するかが検討されている。しかし,彼らは個別の行為者が情報源に意味付けを行うプロセスには焦点を当てていない。
4. 学習における情報行動と情報源の意味付けに着目した研究
Fordによれば学習は多様なタイプの知的反応を伴うものであり,学習における情報行動には,学習自体あるいは情報に対するニーズの特定を行うこと,多様な情報源を用いた情報の探索と選択,およびその情報の使用や共有が含まれる17)。
学習における情報行動は古くから研究の対象となっており,Kuhlthauの情報探索過程モデルやワシントン大学情報学部を中心に行われた情報リテラシープロジェクトProject Information Literacyに代表されるように,情報行動のプロセスやそこで生じる課題が検討されてきた18, 19)。しかし,それらの研究では学習者の感情や認知の変化に焦点が当てられており,情報源は行為者の利用する道具として扱われる。
学習における情報行動で情報源がいかに選択されるかに着目したものとして,Rowleyらの研究が挙げられる。Rowleyらは学習における情報行動研究のレビューを行い,多くの研究が情報源が利用されるかは「便利さ」によって定まるとしているが,学習課題や行為者のそれまでに受けた教育,専門分野等が異なる中で選択される情報源が,なぜ利用するのに適した「便利さ」を持ったものだと評価されるのかという点への理解は十分でないと指摘した20)。そして学生へのインタビュー調査を行い,デジタルな情報源を用いた情報行動のモデルを提案した。そこでは,利用可能な情報源のアクセス可能性,組織の規範等のマクロな要因と,情報源についての教育を受けた経験,学習課題の性質等個別の場面ごとに異なるミクロな要因が情報源の選択に影響を与えるとした21)。
さらに,学習においても“Information Horizons”の概念を用いた研究が行われている。例えばTsaiは,両親の学歴が高等教育機関未満の大学生を対象とし,大学の課題に取り組む際の一般的な“Information Horizons”を明らかにし,課題の性質によって好まれる情報源が異なることを示した22)。
以上の研究から,学習において行われる情報行動では,行為者がそれぞれの背景に応じて多様な情報源に意味付けを行い,それらを選択して利用していることが明らかである。しかし,個別の行為者が学習においてどのように情報源の意味付けを行うか,その詳細なプロセスに焦点を当てた研究は行われていない。
本研究では,情報行動で用いられる多様な情報源への意味付けに焦点を当てるため,学習における情報行動を調査対象とする。ただし,本研究で焦点を当てるのは行為者による情報源の意味付けであるため,学習における情報行動自体のプロセスや,情報メディアの利用頻度,情報メディアの学習成果への影響は扱わない。
C. 情報メディア
本研究では情報行動において用いられる情報源を,単純な道具として扱うのではなく,行為者による意味付けをも含めて捉え直すことを試みる。この立場は前節3項で触れた研究と同様の方向性である。Anderssonは情報源を理論化していないため,本研究では参考にしない。Allenらの“Tool”には情報源そのものだけでなく,情報源を利用するために必要なスキルという行為者の認知的要素も含まれる。Byströmらは情報源を“Information Artefacts”として行為者の認知の外にある物理実体とそれに対する意味付けを捉えているが,あるコミュニティの仕事において構成員が作成した成果物に主たる関心がある。よって,既存の社会において多くの人が認めている情報源を扱うためにはそのまま適用できない。本研究では,行為者の外部に存在している多様な情報源に対して個人がどのように意味付けを行うのかに着目する。そのため,“Tool”や“Information Artefacts”の概念を援用するのではなく情報メディアという概念を用いる。
情報メディアは図書館情報学分野で一般に“人間の情報伝達,コミュニケーションを媒介するもの”23)[p.110]と定義される。情報メディアの捉えられ方,定義のされ方は多様であるが,本研究では情報源の物質的側面に加えて“制度やシステム,社会の中での機能や位置づけを含め”24)[p.60]て情報メディアと扱う立場に依拠する。
社会的意味付けをも含めた情報メディアという考え方は,メディア論の分野で議論されてきた「メディア」の概念を情報学に適用したものであると言える。松本は,メディアに関する多様な言説を機能の側面からまとめ,メディアとはコミュニケーションを媒介する作用を持ち,人間と外部世界との関係性を左右するものであると整理した25)。吉見はメディアを“テクノロジーと意味,それに語りや解釈,接触といった社会的実践の構造連関的な”26)[p.3]ものと定義し,石田は“物質的なモノが,記号活動を支える媒質と化した状態”27)[p.87]と定義している。これらの定義のいずれも,メディアを記号活動を媒介する物質的側面と社会的な意味付けの側面を併せたものとする考え方が共通している。
本研究では情報メディアを,情報源の物質的側面と社会的意味付けが合わさったものと定義する。それにより,個人の認知から情報行動を捉える立場をとりながらも個人の認知の外で社会的に変化する情報メディアに焦点を当てることができ,情報行動を人と情報メディアが相互作用する動的なものとして扱えると考える。
A. 研究目的と研究枠組み
本研究の目的は,学習における個人の情報行動を対象とし,情報メディアがいかに意味付けられるかを明らかにすることである。個人による情報メディアの意味付けに着目したものとして,SonnenwaldとSavolainenの研究が挙げられるが,そこではある情報メディアが意味付けられる詳細なプロセスは十分に扱われていない。本研究では意味付けの詳細なプロセスを検討するため,情報メディアの選択が行われる場面に限定して分析を行う。
情報メディアの選択は,行為者によって情報メディアに対する意味付けが行われた結果生じると考える。この考えに基づき,情報メディアの選択の判断プロセスを詳細に見ることでその判断がなぜ,どのようになされるかを分析し,その分析を通して情報メディアの意味付けを明らかにする。
研究対象は大学生一年生の学習とする。その理由はI章B節4項で述べた通り,学習においては多様な情報メディアの中から利用するものが選択されているためである。さらに,大学一年生は大学生という社会的な立場と,高校での学習と大学での学習という大きな文脈の変化を共有したコミュニティだと考えた。本研究で着目するのは個人の個別の判断プロセスであるが,最終的にはそれを起点として大学一年生というコミュニティでどのように情報メディアの意味付けがなされるかを明らかにする。
B. 調査対象と調査手順
調査対象者はA大学の大学一年生18名(男性7名女性11名)である。各回答者の仮名と所属学部,性別は第1表に示す。対象をA大学の大学一年生に限定したのは,A大学では専門のカリキュラムに進む前に全ての学部の一年生が同一キャンパスで一般教養科目を履修することになっており,異なる学部の学生であっても基本的な教育の条件が同一だと考えられるためである。募集は2019年の6月から9月までにポスターの掲示および教員から同意の得られた授業でのチラシの配布によって行った。できる限り多様な事例を収集するため,応募のあった大学一年生全員を対象とした。
第1表 調査対象者仮名 | 所属学部 | 性別 | 仮名 | 所属学部 | 性別 |
---|
A | 医学部 | 女 | J | 商学部 | 男 |
B | 経済学部 | 女 | K | 文学部 | 女 |
C | 文学部 | 女 | L | 文学部 | 女 |
D | 理工学部 | 男 | M | 文学部 | 女 |
E | 医学部 | 男 | N | 理工学部 | 女 |
F | 文学部 | 男 | O | 文学部 | 女 |
G | 商学部 | 男 | P | 理工学部 | 女 |
H | 文学部 | 女 | Q | 文学部 | 男 |
I | 文学部 | 女 | R | 理工学部 | 男 |
調査は半構造化インタビューとし,回答者が学習と認識している行動のうち最近行った,あるいは大学入学以後で印象に残っているものの具体的な内容と手順,利用した情報メディア,その時の状況を説明するよう求めた。インタビューガイドを第2表に示す。募集方法の限界から調査対象者数は18名となったが,学習の中で情報メディアを選択した状況に関する言及がレポート課題と試験勉強についてのもので85事例得られたため,分析に耐えうると判断した。
第2表 情報メディアの選択に関する調査のインタビューガイド最近の学習スケジュール |
直近一週間のスケジュール(夏休み期間中に実施したインタビューは春学期の履修時間割)を所定用紙に記述させる |
学習における情報メディアの選択の状況 |
1.スケジュールに挙げた学習のうち「大変だった」と思うもの |
2.春学期に行った学習のうち印象に残っているもの |
3.その他,スケジュールで触れた学習のための行動 |
上記それぞれについて,以下を問う |
・その学習の概要 |
・どの科目のための学習か,具体的な課題や試験を想定していたか |
・その科目の授業の内容,授業の受け方 |
・履修科目以外を目標とした学習の場合はその内容 |
・その学習のためにどのような手順を踏んだか |
・いつ,どこでどのような行動をとったか |
・何を,なぜ利用したか |
・物理的な特徴以外が理由の場合その根拠(自身の経験,教育の経験など) |
インタビュー調査は2019年の6月から10月にかけて実施し,いずれも所要時間は1時間半程度であった。インタビューデータは匿名化し文字起こしを行った。以降,インタビューの引用は“ ”で示す。発言の末尾に( )で示すのは発言者の仮名,発言中に〈 〉で示すのは著者による補足である。
C. 分析方法
大学生の学習において情報メディアの選択が生じる場面は,大きく学習の目標という単位で識別できた。さらにこの学習の目標は,レポート課題,実験(実証)レポート課題,プレゼンテーション課題,演習課題,試験勉強,自発的な予復習,ノートテイキング,その他(部活や資格試験のための学習)の8種類に分類できた。本稿ではそれらのうち言及した回答者が多く,大学入学以前の学習との違いという点で対照的なレポート課題と試験勉強を分析対象とする。レポート課題は18名中13名,試験勉強は18名全員が言及した。レポート課題は“〈大学に入学するまで〉レポートとか書いたことない”(C)というように高校との違いが特に言及され,試験勉強は“すごい高校の勉強ぽかった”(L)というように高校での学習との違いが少ないとされた。
本稿では情報探索以外の情報行動も分析対象とするため,Wordやメールアプリ等情報の生産のためのツールも全て情報メディアとして扱う。さらに,スマートフォン,パソコン等デバイスの選択について特に言及された場合には,その判断プロセスも分析対象とした。なお,今回の調査では利用者の判断の対象となる情報メディアに焦点を当てるため,行為者が意識せずに使ったと思われるもの,言及されなかったものは分析の対象から除外する。例えば“もらったPDFをiPadで,ちょっと見ました”(Q)という発言があった場合,実際にはPDFの閲覧のために特定のアプリケーションが利用されたと考えられるが,そのアプリケーションは特別に言及がある場合を除いて考慮しない。
情報メディアの選択の判断プロセスを整理するために,個別の事例で考慮され,選択を決定づけた判断基準に着目する。情報メディアを用いた具体的な行動の状況とその選択の理由を説明する発言,複数の事例に共通して情報メディアの選択の判断基準となったと考えられる発言を抽出し,先行研究で挙げられた情報源の選択の要因を参考にコードを付与した。各判断基準はIII章以降「」で示し,対応する事例を説明する。
レポート課題という学習目標のために設定された中間目標は5種類の作業タスクに細分化できた。その5種類とは,テーマ・執筆方針決定,情報探索,読解,下書き,本文執筆である。これらは必ずしも全ては行われず,順番も前後する。以下,作業タスクごとにそこでの情報メディアの選択の判断プロセスを説明する。なお,下書きは本文執筆と関連付けた言及が行われたため,D節において本文執筆と併せて説明する。最終的には全体を統合して情報メディアの選択の判断プロセスを整理する。
A. テーマ・執筆方針決定
テーマ・執筆方針決定のための情報メディアの選択は12名から13事例を得ることができた。なお,この作業タスクが行われなかったレポート課題は,課題が課題文や授業内容の要約をすることであった5事例である。それらの事例では自らテーマや執筆方針を決定しなかったため,この作業タスク自体が存在しないものとした。
テーマ・執筆方針決定での情報メディアの選択の判断プロセスを第1図に示す。第1図の矢印は判断の流れ,長方形が判断基準である。「具体的指示」については与えられていた指示の概要を( )で示した。選択された情報メディアを書類マーク,デバイスを平行四辺形によって示す。詳細は後述するが,情報メディアの選択は,なんらかのウェブサイト,図書というように抽象的に情報メディアを定め,その後最終的に利用されるものに絞り込む場合があった。そのため,最終的に利用した特定の情報メディアを実線の書類マーク,抽象的に決定された情報メディアを破線の書類マークとして表現した。
テーマ・執筆方針決定のための情報メディアが選択される際の判断プロセスは,①「具体的指示」に従って特定の情報メディアを決定する,②「具体的指示」に従って抽象的な情報メディアを決定する,③「具体的指示」だけでは情報メディアが定まらないという3つに類型化することができた。以下,これらを事例を示しながら説明する。
1. 「具体的指示」に従って特定の情報メディアを決定する類型
「具体的指示」によって特定の情報メディアを決定する類型の代表例はBの事例である。Bは毎回異なる講師が“講演会”のように講義を行うオムニバス形式の授業のレポート課題について,“〈授業内容の〉要約と,あとなんか調べた,〈授業で〉聞いたことで興味を持って調べたことだったり,あと自分の意見だったりを書くやつです”と説明した。Bはこの「具体的指示」に従い,授業内容を要約し,その中の特定のトピックをテーマとして定めて考察する必要があると判断した。そしてそのために,書くべき事項をレポートの“章”として先に考えたと述べ,その考え方について以下のように説明した。
いちばん最初に講演会〈授業〉のプリントを見て,その自分がメモとったのも見て,こういうことを調べてこういう感想にしようかなっていうのを決めた上で,調べ始めるので。一個ずつそれ〈章〉で対応させて。
この事例では“章”を決めるまで,つまり執筆方針を定めるまで授業資料以外の情報メディアは利用されなかった。Bは授業資料を参照することを“一通り講演会で何が話されてたのかと,あと,自分がメモした単語を,そういえば酸素チューブってメモったな,酸素チューブ調べようとしたんだったなって感じで〈思い出せる〉”と説明した。つまり,授業内容を要約し,自身が興味を持ったことについて調べて考察せよという「具体的指示」を達成するために必要な情報メディアとして授業資料が選択されたと言える。第1図の①上部に示したA, E, H, Mの事例も同様に,授業内容に従ったテーマを定めよという「具体的指示」に従うために授業資料・授業ノートが選択された。
第1図①下部のフローに示したI, Lの事例は選択された情報メディアが前述の事例と異なるが,これらの事例でも①上部のフローと同様に「具体的指示」のみが判断基準であった。例えばLはレポート課題について“本について自由に論じてくださいというやつで。本は決まってるんですけどテーマがあまりにも自由で,何を論じればいいのかわかりませんでした”と述べた。そしてテーマを決定するために,指定された図書を“一通り読んで,気になったこととか,あとは先生が事前に,私たちが〈レポートを〉書く前にご自分の学説みたいなのを話してくださるので,その中で自分がもっと掘り下げてみたいなと思うものを”把握したと説明した。授業内の説明の内容を確認するために授業ノートが併せて用いられた。この事例では,授業ノートおよび図書が教員の指示に従ってテーマを定めるためのものとして選択され,他の情報メディアは選択肢に挙がらなかった。なお,Iの事例では図書館で図書を入手するまでにOPACでの検索が行われたが,OPACは特定の図書の配架場所を調べるためだけに用いられた。よって,OPACの利用の前に情報メディアの選択が終了したと見なし,OPACの利用は分析対象としなかった。
2. 「具体的指示」に従って抽象的な情報メディアを決定する類型
第1図②に示した事例では,まず「具体的指示」に基づいて抽象的な情報メディアが決定された後,特定の情報メディアが絞り込まれた。以下,Dの事例を基に詳細を述べる。
Dはレポートの課題を“著作権に関するニュースや事件をネットで調べて,概要とそれについてどう思ったのかを1,000字以内でまとめなさいというのがありました”と説明した。そして扱うテーマを定めるための手順について,以下のように述べた。
普通にネットで調べました。『エヴァンゲリオン』の映画の特報に関するニュースが出てきたんで,それを書きました。…中略…Googleとかって検索したらこう,〈検索ボックスの〉下にニュースが流れてくるのとかで,それで見かけたんだったかな。
〈質問者:それにしようと決めたのは〉
エヴァだったからですね。なじみがあるので。
この時,“ネットで調べて”という「具体的指示」に基づいて,Dは迷いなくGoogleでウェブサイトを検索した。その後,検索結果の中から記事タイトルとスニペットに基づいて“なじみがある”アニメに関する記事を選択した。ウェブサイトの内容は精査されず,概要のみで「身近さ/わかりやすさ」が判断された。なお,Googleを用いた理由は,最終的に選択される情報メディアに焦点を当てたインタビューの中で聞き出すことができず,分析対象とできなかった。そのため,第1図中ではウェブサイトの選択の直後に検索エンジンの選択を表記した。
Dはウェブサイトをスマートフォンで閲覧した理由に言及し,“うちはWi-Fiない〈インターネット回線の契約をしていない〉ので,ネットにつながってるのスマホだけなんです”と説明した。つまり,自宅という「物理的状況」と,インターネットに接続可能という「機能」が考慮され,スマートフォンが選択されたことがわかる。Cの事例でも最終的に利用されるウェブサイトの選択までの判断プロセスはDと同様だが,その閲覧に利用するデバイスの選択理由は“調べ物をするときスマホの習慣がついちゃってて”と説明された。つまり,「情報メディアの経験(自身の経験)」に基づいてスマートフォンが選択された。
3. 「具体的指示」だけでは情報メディアが定まらない類型
第1図③のフローは「具体的指示」が判断の前提にはなるものの,それだけでは情報メディアの選択に至らなかった事例である。例えばRは,レポート課題の内容を“たぶん,授業内容を見つくしたことだと思うんですけど,日本の伝統社会と,家族の関係についてとか,G.H.ミードの〈社会〉行動理論についてどう思うかみたいな感じで,1,000字ぐらいで書いた”と説明し,テーマ・執筆方針の定め方を以下のように説明した。
授業で扱って,プリントに載っていた引用の作者,同じ作者の人の本を探して,とりあえず借りて…中略…ヒントがないかなと探して,なんとか探して,本と結びつくところをレポートの中身にしようと思ったんです。
〈質問者:まず本を使おうと思ったのは〉
ネットだとばれるかなと思って。
〈質問者:ばれるかなっていうのは?〉
検索とかしたら,同じような意見ばっかりで,読んで書いたら引きずられちゃうんで。本で何冊か読んで,それを自分のものにして書けば,自分のものって言えるかなと思って。基本的に自分の言葉で,みたいな感じは付いていたんで。〈別の科目〉の授業で剽窃とかはするなって結構言われていたんで気を付けようと思って。
Rはレポート課題の「具体的指示」から“授業を見つくしたことだと思う,”つまり授業内容を踏まえる必要があり,さらに“自分の言葉で”書く必要があると考えた。“自分の言葉で”という条件を重視した理由として過去に教育を受けた経験が言及されたが,その内容は情報メディアの選択基準に関する具体的な教育ではなく,“剽窃”という行為そのものについての教育であった。本研究では,選択を行う際に判断の理由として言及された過去の経験のうち,具体的な情報メディアに関連するもの以外,特定の行為についての経験や習慣を「一般的経験」として扱う。
Rは“自分の言葉で”レポートを書くために,授業資料に加えて授業資料で引用された著者の図書を選択した。その理由は,ウェブの情報は“同じような意見ばっかりで,読んで書いたら引きずられちゃう”もの,図書は“自分のもの”にできるものであると考えたためである。これは具体的な経験に基づいたものではなく,漠然とした「イメージ」であった。なお,具体的な図書を絞り込むためには,特定の著者名で検索できる「機能」を持ったものとしてOPACが選択された。
Oは,指定の単語のリストを配布され,それらのうち二つを組合せてテーマにするようにと指示を受けており,テーマを定める手順を,“この単語を使わないと,使えるように組み合わせないと駄目だなってなっていたんで,そこから,単語からいろいろ考えて,たまに検索して,これとこれは駄目だと思ったら諦めて”と説明した。つまり,Oは「具体的指示」に従うために,指定の単語と関連語での検索ができる「機能」から検索エンジンを選択した。具体的なウェブサイトは“出てきたものを1個ずつ見ていくという,そんな感じで”検索結果の上位から全て閲覧しており,その明確な判断基準が得られなかった。
Kはレポート課題について“自分が〈授業内で要約を〉担当したところに関係して自分の興味があるところ,ことを自由に論じなさいだから,本当に自由に論じました”と説明した。Kはこの「具体的指示」を踏まえ,“まずどうしようかなって思いながら関係ない〈指定図書ではない〉本とかを読んで,その中で思いついたこと”をテーマにしたと述べた。この時に参照した図書は“この間読んだあの本ならと思って”と「情報メディアの経験(自身の経験)」から最終的な図書を選択した。
R, O, Kの事例では「具体的指示」が明確であったのに対し,C-2の事例では当初“最悪感想でもいい,”“名前さえあればいい”という漠然とした指示のみが与えられた。Cはこれを受け,“仕方ないので先生に聞いたら,授業資料の中に参考資料の題名がたまに入ってるよって言われて”と,直接教員に質問して追加の指示を受けた。Cは教員について“〈担当教員は〉とてもお優しい方なんですけど。質問とかしやすい感じだし”と述べたことから,授業時の印象という「情報メディアの経験(自身の経験)」が教員への質問を選択した判断基準と考えた。Cは教員への質問と同時に図書館の学習相談員にも執筆方針を質問した。学習相談を利用した理由は“文学部の掲示板に貼ってあって,聞こうかなって思ってたんです”と説明された。つまり,レポート出題以前に掲示を見て学習相談員の存在を知ったという「情報メディアの経験(自身の経験)」で判断されたと言える。その後Cは質問で得た「具体的指示」に従い,授業資料に記載された図書と学習相談員に推薦された具体的な“レポートの書き方の本”を選択した。
B. 情報探索
テーマ・執筆方針決定で選択した情報メディアのみでレポート執筆のための情報が十分と判断された場合には,追加の情報探索が行われなかった。テーマ・執筆方針を定めた後に改めて行われた情報探索は,6名6事例が得られた。いずれの場合もレポートの「具体的指示」に従って定めたテーマを踏まえて特定のトピックに関する情報探索が行われ,中でもKは特に限定的な情報探索を行った。Kはレポートに以前から知っていた特定の画像(“マッハの自画像”)を引用したいと考え,そのために特定の図書を選択した。その理由について,Kは以下のように述べた。
ネット上だとちゃんとした著作権とか出版元が明記されているのがないじゃないですか。元々,以前見かけた全然関係ない分野の本で初めて見たので,その本を買いに行って…中略…『マッハの自画像』で検索すればきっと目当ての絵は出てくるんですけど,でも,引用元が分からないから,そんなフリー素材みたいに貼っちゃいけないなと思って…中略…高校で教わったのもあります。高校で私が社会学の論文を書こうみたいな授業を選択していて,そこで厳しく論文の書き方を教わったっていうのもあって。あとは,元々〈著作権に〉興味があったので。Twitterとかで結構みんな適当な画像を無断転載しているのに怒っているツイートとかを普段から見ていて,何か,ちゃんとしたいなと思って。
Kは過去の「情報メディアの経験(自身の経験)」からウェブの情報は“著作権とか出版元が明記されているのがない”と判断し,著作権者や出版元が明記されているという「機能」から図書を利用すると決めた。そして“以前見かけた”という「情報メディアの経験(自身の経験)」から特定の図書を選択した。まず著作権者や出版元の記載があるかを判断基準とする理由は,情報メディアの選択の基準に関する高校での「情報メディアの経験(教育の経験)」であり,それがSNSで無断転載という行為が問題視されているのを見たという「一般的経験」と結びついていると解釈した。
トピックのみを定めて情報探索した5名はいずれも検索エンジンや論文データベースを用いた検索を行い,オンラインの情報を選択した。典型的な判断プロセスは“図書館入るのめんどくさいなっていうのから。ググった方が楽です”(B)という発言に代表される,それまでの「情報メディアの経験(自身の経験)」から手軽さという「機能」を考慮したものである。一方Google scholarを選択したLは“〈Google scholarは〉論文探しやすいって聞いたことがあったので,じゃあやってみるかと思って。先生から聞いてたので,高校の時から存在は知ってたんです”と具体的な「情報メディアの経験(教育の経験)」に基づいて判断した。
検索結果から特定の記事を選ぶためにはそれが信頼に足るかが判断されたが,その判断は個別の内容を精査した結果ではなかった。例えばBは“高校の時の授業で…中略…Wikipediaは危ないよっていうのと,個人のブログだったり,ヤフー知恵袋だったり,そういう系のはやっぱり使わないほうがいいよっていうのは聞いてた”(B)という「情報メディアの経験(教育の経験)」を,回答者Iは“友達が授業でWikipediaを編集したって言ってたので…中略…そんな簡単に編集できるならあんまり正確じゃないかもしれないなって思って”(I)という「情報メディアの経験(他者からの評判)」を判断基準とした。
ウェブの情報を閲覧するためのデバイスは「機能」と「物理的状況」から判断された。例えばHは情報探索の状況を“タブレットで見ながら,パソコンで〈本文を〉打ってました。横に置いて”と説明した。この事例ではパソコンで本文を執筆していたという「物理的状況」を踏まえ,パソコンと別にウェブサイトを表示し続けられる「機能」が判断された。“スマホが,あの,母親に機能制限がかけられていて,検索が外だとできない”(B)という,「物理的状況」と「機能」がより厳密に選択を制限する事例も見られた。
C. 読解
今回のインタビューでは,テーマ・執筆方針決定や情報探索において選択された情報メディアの内容を読解する場合には,必ずそれがそのまま用いられた。本節では,課題文の要約や課題文に関連した論述を求めるレポート課題が課され,テーマ・執筆方針決定や情報探索での選択とは別に課題文の読解のためのデバイスが選択された3名3事例を説明する。これらの事例では読解の対象は「具体的指示」によって定まるが,PDF形式で配布された課題文をどのデバイスで読むかというその後の判断プロセスがそれぞれ異なった。例えばBは,レポート課題の内容と課題文の読解について以下のように述べた。
本のプリント,第一章を読んで,これをまとめるレジュメを書いてきなさいみたいな,あったんですけど,第一回の授業でそんなレジュメの書き方とかも私全然わからなかったのに,説明も何もなく書いてきなさいって言われたので,一週間しかなかったので,すごく苦労しました。
…中略…
〈質問者:本っていうのは配られたんですか?〉
印刷でまた,ウェブから〈ダウンロードした〉。
〈質問者:印刷して使いましたか?〉
印刷して使いました。必死にメモして,ここはなんかこれを言ってる,こう言ってる,って。必死に書いて頑張りました。
…中略…
〈質問者:要約をするっていう課題もあったじゃないですか。あれはお手本になるようなものはありましたか?〉
要約はなかったです。高校の時に国語の授業で要約をしなさいというのはあったので,その記憶を。かすかな記憶を。
以上から,Bは高校で文章の要約を行った「一般的経験」と,そこで紙を用いて読解した「情報メディアの経験(自身の経験)」に基づいて,内容を理解するためには“必死にメモ”をとることが必要と考え,手書き可能な「機能」のために課題文を印刷したと解釈した。
一方E, Nは課題文を印刷せずPDFのまま用いた。パソコンを選択したEはその理由として“わからない言葉があるとしたら,それを押したら〈クリックしたら〉検索されるんで”と「機能」を挙げた。スマートフォンを選択したNは読解の進め方を“電車が,一時間以上で長いので…中略…電車の中である程度全部の文章を読んで,家でまとめるっていうっていう風にしました”と説明し,電車内は“本なんかは狭くて読めなくて”と述べた。つまり,小さいという「機能」が混雑した電車内という「物理的状況」を理由に判断された。
D. 下書き,本文執筆
本文執筆は13名18事例が得られた。そのうち5名5事例で本文執筆と区別した下書きが行われた。ここでは,下書きと本文執筆に関する事例の分析結果を併せて述べる。以下,下書きを行った事例から説明する。
下書きの事例のうち2事例で紙が選択され,3事例ではワープロソフトやテキストエディタ等のデジタルな情報メディアが選択された。紙を選択したKは,下書きの方法とそこで用いる情報メディアについて以下のように述べた。
最初に模式図みたいな,こういう風に書くっていうのを裏紙〈不要な印刷物〉,A4, 1枚,裏で書いて…中略…これとこれがつながっているとかも,割と白紙のほうが一覧性があるから好きで。Wordと同時参照できるのもあるんですけれども。…中略…元々,手書きが好きで,いつも,こういうの〈裏紙とバインダー〉を持ち歩いていて
以上のように,Kは手書き可能な情報メディアを好んで用いてきた「情報メディアの経験(自身の経験)」と,図を手書きでき,一覧性があり,パソコンの画面と同時に参照できる「機能」から紙を選択した。Iも紙の選択理由を“あまりにまとまってないときは紙に書いたほうが早い”と述べ,それまでの経験から手書き可能であることを判断基準とした。
ワープロソフトやテキストエディタを用いた事例でも,「情報メディアの経験(自身の経験)」から「機能」が判断されて情報メディアが選択された。例えばテキストエディタを用いて下書きを行ったEは下書きの方法について以下のように述べた。
とりあえず自分の手持ちの知識で,ブレスト〈ブレーンストーミング〉をします。まあ,〈課題の設問の〉1番だと,こういうのがあり得るかなとか。ばーって書いて,十個くらい書いてみて…中略…ブレストは,手じゃなくてパソコンでやってます。
〈質問者:それは何か理由があるんですか?〉
あとから編集しやすいです。
〈質問者:そのままレポートに活かす?〉
そうです。手書きですとどうしても,きれいに書きたいとかなってしまったら余計に時間とられますし,あとからまとめるのも大変な部分があったので。
Eは上記の下書きの進め方を“高校の時デザイン思考のワークショップみたいなところに一回だけいったことがあって,そこで,こういうやり方がいいよっていうふうに教わりました”と説明した。以上より,Eは作業の進め方を教わった「一般的経験」と,その経験から続けていた“ブレスト”で紙とテキストエディタを用いた「情報メディアの経験(自身の経験)」をもとに編集が容易かという「機能」を判断したと解釈した。
ワープロソフトやその他のテキストエディタを選択した回答者は,さらにどのデバイスを用いるかという選択を行った。そこでは3事例全てで下書きを行った「物理的状況」を背景に「機能」を判断して選択が決定づけられた。最も代表的なのはMの発言である。Mは“下書きしていくのはiPadのメモ帳で…中略…清書は家でパソコンでやっていて,下書きは遊びに行った先で”と述べた。そしてパソコンについて“学校にはあんまり持って行きませんけど,iPadで済ませるようにしてますけど”と述べた。以上より,Mはタブレット端末はパソコンよりも持ち運びやすいと考え,その「機能」が外出先という「物理的状況」において判断基準となりタブレット端末が選択されたと言える。
本文執筆は,レポートの「具体的指示」としてWordの利用が指示された事例(6事例),所定用紙への記述が指示された事例(1事例),メール本文への記述が指示された事例(1事例),特定の情報メディアは指定しないが,文字数や書式が指定された事例(10事例)が得られた。所定用紙やWordの利用,メール本文への記述を指示された事例ではいずれも「具体的指示」のみが考慮されて直接情報メディアの選択が定まった。特定の指定がない場合は書式の指示を踏まえ「情報メディアの経験(自身の経験)」,「機能」が判断された。
特定の情報メディアが指示されない場合の典型例は,Lの事例である。Lは,手書き不可という「具体的指示」が与えられた課題の本文執筆のためにWordを選択し,その理由を“先生から特に何も言われなかったらWordです。ネットつながらない時もあるので,オフラインで見られるやつのほうがいいかなって”と説明した。Lは授業のノートをとる際も含め普段からWordを利用しており,“Wordは使い慣れてます”と述べた。以上より,Lは「具体的指示」を踏まえた上で「情報メディアの経験(自身の経験)」とオフラインで利用可能という「機能」を考慮して情報メディアを選択したと考えた。他の事例でも,“〈他のテキストエディタだと〉文字数が数えられないので,Googleドキュメントで書いて”(A)というように,「機能」によって「具体的指示」を満たせるかが必ず判断された。
E. レポート課題における情報メディアの選択のための判断プロセス
「作業タスク」ごとの情報メディアの選択の判断プロセスを統合し,情報メディアとデバイスが決定されるに至る主な判断プロセスを図示すると第2図のようになる。図中の長方形は考慮される要因,実線の矢印は判断の流れを示す。「一般的経験」と「情報メディアの経験」という,両者が結びつく形で現れた要因は二重線で連結し表した。判断の前提となるもの,重要視されるものからフローの先頭に配置したが,最終的に用いられる情報メディアを絞り込むために考慮される要因には順序を付けず,点線で囲む形で示した。判断プロセスの中で判断基準が考慮された結果として情報メディア,デバイスが定まるポイントは,書類マークと平行四辺形で示した。
レポート課題においては,必ず課題を達成するために何を行うべきかが課題の「具体的指示」に基づいて判断され,それを前提として情報メディアが選択された。なぜ「具体的指示」が必ず考慮されたかは,レポート課題に取り組むためには教員や課題の指示に従うべきであるという「規範」があるためだと推測することができる。
「具体的指示」による判断の後のプロセスは,「具体的指示」が情報メディアを限定しているかによって区分することができる。明確に情報メディアが指示されている場合には,その指示に従って情報メディアが選択された。特定の情報メディアの指示がない場合には,改めて他の要因が考慮され,情報メディアの絞り込みが行われた。
「規範」と「具体的指示」に次いで考慮され得る要因は,「情報メディアの経験」あるいは「機能」である。後者は,レポートの本文執筆に関して文字数や書式を限定する「具体的指示」がある場合には,その条件を満たすことができるかの判断基準として考慮され,具体的な情報メディアを決定づけた。
「情報メディアの経験」は,過去に自身が利用した際の経験,情報メディアに関する教育を受けた経験,情報メディアについて他者から評判を聞いた経験の3種類が見られた。このうち教育を受けた経験や他者からの評判を聞いた経験は,利用が適切な情報メディアを限定し,選択を直接定めていた。自身が過去に情報メディアを利用した経験は「機能」等を判断する根拠となる場合があった。特に自身の経験が,その作業タスクで必ずある情報メディアを利用するという習慣的なものである場合には,その習慣が作業タスクの取り組み方に関する教育を受けたり,試行錯誤をしたりした「一般的経験」に基づいていることがあった。そのような場合,「情報メディアの経験」と「一般的経験」が結びつく形で判断基準となっていた。
第2図中で点線で囲んで示した「機能」,「イメージ」,「身近さ/わかりやすさ」は最終的に選択される情報メディアを絞り込むための判断基準となった。このうち「イメージ」,「機能」は,それらを判断基準とする理由として作業タスクに関する教育を受けた「一般的経験」が考慮されることがあった。
特定の情報メディアを選択する際に,それを利用するためのデバイスの選択が生じることがあった。その選択は,ある情報メディアが利用可能なデバイスの中から,それを過去に利用した「情報メディアの経験」や利用する「物理的状況」を踏まえて「機能」が判断されることで定まった。デバイスの選択においても,「情報メディアの経験」は過去にその作業タスクにおいてどのような行動をとったかという「一般的経験」と結びついて言及されることがあった。
試験勉強においては試験の範囲や形式の「具体的指示」が明確に与えられたため,最初に必ず指示に対応した教科書や授業資料,問題集等が選択され,それらを参照した上で改めて「具体的指示」を見直し,何をすべきかが明確化された。この「具体的指示」を考慮して設定される中間目標を作業タスクとして整理したところ,単語・用語の暗記,解法の習得,内容の理解の3種類に大別することができた。以下,作業タスクごとに作業タスクが明確化された後に生じる情報メディアの選択のための判断プロセスを説明し,最後に全体を統合した判断プロセスを明らかにする。
A. 単語・用語の暗記
試験のために単語・用語自体やそれらの意味,あるいは過去の試験の解答そのもの等,単純な事実の記憶が試みられた18名27事例のうち16事例で,「具体的指示」に従って最初に選択された教科書や授業資料の閲覧,教材CDに加えて単語のリストあるいは単語帳が作成され,そのための情報メディアの選択が行われた。単語リストが作成された事例のうち,最も典型的なのはDの事例である。Dは,語学の試験のために行った単語・用語の暗記の方法を,以下のように説明した。
テキストから出るってわかってたので一通りテキスト読んで,わからなかった単語とかはルーズリーフに日本語書いて,ハングル書いて,で綴りの確認みたいな感じでやってました。…中略…ルーズリーフを使うのは,なんか単語を覚えるときは,なんかそれだけだったら結構いつでも見れるじゃないですか。高校の時から英単語も同じ感じでまとめてやってました。
〈質問者:後で見直しますか?〉
英語だともうあんまりしないんですけどね。でもルーズリーフだったらこう,折りたたんで隠して覚えたりとかそういうのができるので。何となくルーズリーフです。…中略…英語とかそういうのは特にずっと書かないと覚えないと言われ続けてたので,覚えたいときはちゃんと書いてます。大学に入って改めて書くことの大切さを知ったというか,書いたほうがちゃんと覚えるなと思います。
Dは試験範囲の「具体的指示」に基づいて教科書を確認し,“わからなかった単語”のリストを紙のルーズリーフを用いて作成することを決めた。この判断の理由としては,折りたためる,手書きができるという「機能」が考慮されたことがわかる。それらを判断基準とした背景として,暗記の方法について指導された経験とそれを受けて続けている習慣という「一般的経験」が,そこで紙を利用してきた「情報メディアの経験(自身の経験)」と結びつく形で言及された。なお,上記引用で示すように,Dは手書き可能であることが特に重要であるという認識を強調した。Dの他にも11名が“手で書いたほうが覚える”(A),“やっぱり単語は書かないと,覚えられないから”(P)というDと類似の発言を行っており,「機能」の中でも特に手書き可能であることが重要な判断基準となった。一度手書きで作成されたリストはその後見直されないこともあった。
単語リストや単語帳を作成した回答者のうち,Bは特異な判断プロセスから情報メディアとデバイスを選択した。Bは自身で単語の登録が行える暗記用のアプリケーションを利用し,それについて以下のように説明した。
高校でも〈暗記用アプリケーション〉は英語の単語を覚えるものとして使ってはいたんですけど,…中略…手で必死に書いたほうが,聞いたり,見るだけよりかは覚えられてた気がしたので,書いたほうがいいのかなと。で,パソコンでのテストっていうから,字で〈紙に〉書くより,パソコンのほうが覚えられるのかなと。
この事例では,パソコンによって単語を入力する形式であるという試験の「具体的指示」と,手を動かした方が覚えられるという「一般的経験」から,パソコンで単語が入力できる「機能」と,「情報メディアの経験(自身の経験)」が判断された。アプリケーションを利用するデバイスに関しては“部屋にスマホを持ち込んじゃいけないってなってる”という母親からの指示にも言及されたが,“パソコンでテストがあるので,スペルとか覚えるのもなるべくパソコンで,ノートパソコンでカタカタカタカタやって覚えるようにしています”と説明されたため,この事例では母親からの指示ではなく試験の形式に合わせてキーボード入力ができる「機能」が判断基準になったとみなした。
作成した単語リストや単語帳を参照し直す際のデバイスの選択についてはEから言及が得られた。彼は単語リストを紙のノートに手書きで作成した後,それを参照し直すためにスマートフォンで撮影した。参照し直す際にスマートフォンを用いる理由は“電車の中で復習できるように”と説明され,通学時間が長く,単語リストを参照し直すのが主に電車内になるという「物理的状況」と持ち運びしやすいという「機能」が理由であった。
B. 解法の習得
試験のために問題の解法の習得が試みられた5名7事例全てで,問題の掲載元として試験範囲の「具体的指示」に対応した教科書等が選択された。「具体的指示」以外による判断は,その閲覧のために用いるデバイスの選択について4名4事例の言及が得られた。
デバイスの選択の判断プロセスは,QがPDFで配布された授業資料に記載された問題を解くためにタブレットPCを用いた事例が典型例である。Qはこの選択について,“紙がもったいないのでiPadでやって,丸つけたら消去ってしてました。絶対何回かやるので。二回くらいやりました”と説明した。ここでは,紙と異なり書き込みが消去できる「機能」が判断された。そしてそれを判断基準とするのは“絶対何回か”同じ問題を解くというそれまでの「一般的経験」に基づいた推測のためだった。他の事例でも,“一回やったら答え覚えちゃうので,いきなり教科書に書いちゃいます。はやいし。”(B)というように自身の過去の「一般的経験」に基づいて「機能」が判断された。
C. 内容の理解
教員による「具体的指示」から授業内容を深く理解することが必要だと判断された場合,授業ノートの内容をまとめなおすための情報メディアの選択(1事例),教科書や授業資料,授業ノートに加えて情報を取得するための情報メディアの選択(6名6事例)が行われた。
1. 授業ノートの内容を改めてまとめなおすための情報メディアの選択
Qは「具体的指示」に従って授業ノートを参照した後,その内容を紙のルーズリーフにまとめなおした。この方法についてQは“この〈科目〉は全部記述,記述大問二問みたいなテストだったので,こっちはすごく読み込んで,一回理論をルーズリーフに全部書いていって頭のなか整理していって。ノートをもとに。”と説明した。さらに,ルーズリーフにまとめる理由は,“ずっと高校の時から変わってないんですけど,…中略…書くことのほうが大事なので全部手書き”と述べた。つまり,試験形式の「具体的指示」に基づいて内容の理解が必要であると判断し,そのために高校までの内容の理解に関する「一般的経験」とそこでの「情報メディアの経験(自身の経験)」に基づいて手書きであるという「機能」が判断された。
2. 教科書や授業資料,授業ノートに加えて情報を取得するための情報メディアの選択
試験範囲の「具体的指示」に基づいて教科書等を参照した後改めて追加の情報メディアを選択した5事例では,2事例で同級生に質問すること,3事例で検索エンジンおよびウェブサイトが選択された。同級生への質問を選択した理由はAが以下のように説明した。
高校は,教科書読む,で先生に聞くっていう感じだったんですけど,今は,むっちゃ頭いい子とかがいるから,その子に聞く,先生にはあんまり聞かないで…中略…〈その科目では〉普通に一からわからないから,全部〈同級生に〉教えてもらいました。どこ大事とか,何覚えればいいとか。授業何やってたのかとか,全部。
〈質問者:授業資料見ただけだとそれはわからない?〉
わからないです。
…中略…
〈質問者:先生に質問しなくなったとさっき言ってましたけど,それも理由があるんですか?〉
友達のほうがわかりやすいです。
〈質問者:それは実際聞いてみて?〉
いやなんか授業わかりにくいから〈教員に〉聞いてもわかりにくいかなと思って。
この事例では授業および授業資料を“わかりにくい,”同級生を“むっちゃ頭いい”と感じた経験を背景に,教員や授業資料よりも同級生への質問の方がわかりやすい情報が得られると推測し,同級生への質問が選択された。この「情報メディアの経験(自身の経験)」に基づいて「身近さ/わかりやすさ」を判断し,他よりわかりやすいと予測されるものを選択する判断プロセスは,E, Nが同級生に質問を行った事例も同様であった。
教科書や授業資料,授業ノートに加えて検索エンジンおよびウェブサイトを選択した3事例の判断プロセスの典型的なものとしてOの事例を用いて説明する。Oは倫理学に関する科目において,事前に教員から試験が特定の概念に関する記述形式のものであると教えられた上で授業資料を参照し,内容の理解が必要であると判断した。Oはこの内容の理解への取り組み方を以下のように述べている。
具体的に〈特定の概念を授業内では〉トロッコ問題を利用して解説していただいていて,トロッコ問題は理解したんですけど。また倫理学的な問題になったときに同じ視点から立つことができるかっていうと考え方が難しいので…中略…テスト勉強のときはいろいろ検索したりだとかして,その考え方が,まず定義は何なのかっていうのを調べつつ,トロッコ問題じゃないいろんな分野からの問題で,また,この考え方はトロッコ問題ではこうで,移植問題だったらこういうふうになるっていうのを,いろいろ問題を重ねていて,この考え方はこういう考えなんだなっていうのを徐々に徐々に固めていくっていう感じでしたね。
Oは試験形式の「具体的指示」を踏まえて授業資料を参照し,特定の概念の定義と複数の具体例を調べる必要があると判断した。そのためにOは,特定の概念およびその関連語から検索を行える「機能」から検索エンジンを選択した。その後検索結果の中から内容を精査するウェブサイトを選択した理由については,“Wikipediaみたいなところもありますし,論文としてやっているところもあるんですけど,正直,何言っているのか分かんないような単語ばかりだし,逆に何とかわかりやすくみたいに,個人の方が,教えてくださっているサイトのほうが活用しやすいかなと思って”と述べた。つまり,解説がわかりやすいと推測できるか(「身近さ/わかりやすさ」)に基づいて絞り込んだ。まず単語での検索ができる「機能」から検索エンジンを使うことはO以外の2事例でも共通したが,EはGoogleで検索した上でその中からその科目の授業で“使い方とか意義とかを教えてもら”った「情報メディアの経験(教育の経験)」から“PubMedというサイト”の記事を選択した。
内容の理解のために検索エンジンとウェブサイトを選択した事例のうち,Eの事例では,デバイスの選択にも言及された。Eはその科目について“時間が取れないので電車の中で勉強してます,”“電車の中で気になったことはすぐスマホで調べます…中略…立ってるときはスマホで調べる”と述べた。つまり,電車内であるという「物理的状況」を背景に,立ったまま操作できる「機能」に基づいてスマートフォンを選択した。
D. 試験勉強における情報メディアの選択のための判断プロセス
試験勉強における情報メディアの選択の判断プロセスを第3図に示す。最初に必ず「具体的指示」が考慮される点,その判断の背景に教員の指示した試験の範囲,形式に従って試験の準備をすべきであるという「規範」があると考えられる点はレポート課題と同様である。レポート課題と異なるのは,試験勉強では試験の範囲や形式の「具体的指示」が明確であるため,それに対応する教科書や授業資料,問題集等が最初に必ず選択されることである。その後,改めて「具体的指示」を見直し,作業タスクが設定された。そして最初に選択した情報メディアのみでは不足であると判断された場合には,「具体的指示」以外の要因を考慮した追加の判断が行われた。
追加の情報メディアの選択が行われた場合の多くで,大学入学以前の試験勉強に伴う「一般的経験」と「情報メディアの経験(自身の経験)」から「機能」が判断され,最終的に利用する情報メディアが決定された。一方,大学入学以前の類似の学習の経験がなく「一般的経験」が判断基準にならない場合には,別の場面で利用した「情報メディアの経験(自身の経験)」,「機能」,「身近さ/わかりやすさ」に基づいて情報メディアが選択された。
試験勉強でもデバイスの選択についての言及が得られ,そこではレポート課題の場合と同様「機能」が利用の「物理的状況」に基づいて判断された。さらに,類似の試験勉強を行った「一般的経験」がどのような「機能」を判断基準とするかの根拠になる事例が見られた。
V. 大学一年生の学習における情報メディアの意味付け
A. 情報メディアの選択のための判断プロセス
レポート課題と試験勉強における情報メディアの選択のための判断プロセスを整理した結果,判断基準は最初に必ず判断されるもの,全ての判断の背景として考慮されるもの,情報メディアを絞り込むために後で考慮されるものの3種類に区分できると考えた。
最初に必ず判断される判断基準は「具体的指示」である。「具体的指示」が明確に用いるべき情報メディアを限定する場合には,「具体的指示」は直接情報メディアの選択を決定づけた。情報メディアの限定がないか,曖昧である場合には「具体的指示」による判断の後に他の判断基準が考慮された。
全ての判断の背景として考慮され,判断プロセスの前提になるのは「規範」である。この「規範」は社会的に誰もが認識しているものであるが,これだけで情報メディアの選択を決定づけるものではない。しかし,例えば「具体的指示」が判断基準として重視される背景には教員の指示に従うべきだという「規範」があり,電車内という「物理的状況」においてかさばらないという「機能」が判断基準になってデバイスが決定される背景には,電車内では場所を広く使うべきではないという「規範」があると考えられる。
「具体的指示」の判断の後に情報メディアを絞り込むために考慮されるのは,「情報メディアの経験」,「機能」,「イメージ」,「身近さ/わかりやすさ」,「一般的経験」,「物理的状況」である。これらは必ずしも考慮されないが,「情報メディアの経験」は多くの事例で判断基準として言及され,それによって特定の情報メディアの選択が定まる場合があった。
過去にレポート課題,試験勉強,あるいは類似の作業をどのような手順で行ったか,それらについてどのように教育を受けたかという「一般的経験」は,単独では情報メディアの選択の判断基準にならない。ただし,その取り組み方が習慣になっている場合,そこで何を用いるかという「情報メディアの経験」と併せて判断基準となることがあった。
「物理的状況」は,情報メディアを選択した上でそれ利用するためのデバイスを選択する場合にのみ,デバイスの「機能」を判断する背景として判断に影響した。
B. 情報メディアの意味付け
大学一年生のレポート課題と試験勉強で選択された情報メディアはそれが何であっても,課題や試験に関する指示に反さないものであるかが判断された。特に明示的に特定の情報メディアを利用しなければならないという指示があった場合,あるいは“教科書にある単語だけ覚えればいいと言われて”試験勉強のために教科書のみを用いたJの事例のように,他の情報メディアを利用する必要がないという指示があった場合には,最終的に利用される情報メディアが一意に定まった。このような場合,明示的な指示の対象となった情報メディアは“そこ見ておけば大丈夫”(G)なもの,それを利用すれば教員の指示に反さないものと意味付けられていると言える。
与えられた指示によって特定の情報メディアが定まらない場合には,過去の経験が重要な判断基準となった。それらは,自身の利用経験,教育を受けた経験,他者から情報メディアに対する評判を聞いた経験の3種類に区分できる。
自身の過去の経験に基づいて情報メディアを選択した場合,その情報メディアにはそれを用いれば十分な成果を得られるという信頼が向けられた。これが最も顕著に表れたのは暗記のために紙を利用する理由である。多くの回答者が大学入学以前からの成功体験を根拠に,手書きができる情報メディアを利用すれば記憶が定着しやすいと考えていた。
過去の教育の経験に基づく情報メディアの意味付けの典型例は,検索エンジンが示す結果から“信用できそう”なウェブサイトのみを閲覧するとしたNの以下の発言である。
〈質問者:信用できるサイトについて何か教わったことはありますか?〉
私の中学が結構,まとめて研究みたいなことをよくやってたので,その時に,Wiki〈pedia〉とかを見てもあんまりそういう情報源にはならないよっていうのを結構やったので。
この事例のように,過去に具体的な情報リテラシーに関する教育を受けた場合には,そこで示された条件に従って情報メディアが信用できるか判断された。さらに,一般的な情報リテラシーの教育ではなく,あるトピックに関して使うべき特定の情報メディアを教わった場合にも,例えば数学の解説ウェブサイトに関するFの“僕が一つ高校時代から信用しているものがあって…中略…高校の先生が紹介してくれたHPなんです”という発言のように,その情報メディアが“信用”できるものと意味付けられた。
他者から評判を聞いた経験が判断基準となっていたIの事例でも,“友達が授業でWikipediaを編集したって言ってたので…中略…そんな簡単に編集できるならあんまり正確じゃないかもしれないなって思っ”たためにWikipediaが“信用できるのかわからない”ものとして解釈され,Wikipedia以外のウェブサイトが“信用できる”ものとして用いられた。以上を総合すると,経験に基づいて情報メディアが判断される場合,その経験が自身の利用経験,教育を受けた経験,他者から評判を聞いた経験のいずれであったとしても,その情報メディアは適切な成果をもたらす,信頼できるものと意味付けられた。
C. 本研究の成果と今後の研究課題
本研究では,情報行動において情報メディアが選択されるための判断プロセスに着目し,どのように情報メディアの意味付けが行われるかを明らかにした。その結果,大学一年生がレポート課題や試験勉強に取り組むために用いる情報メディアは第一に,教員の指示に反さないかが判断され,その判断の結果「利用しても問題ない」あるいは「それを利用すれば指示の条件を満たせる」ものと意味付けられた。第二に重視された判断基準は過去の経験であり,経験に基づいて「適切な成果をもたらす,信頼できるもの」と意味付けられた情報メディアが利用された。この時,信頼できると判断する根拠は自身の利用経験,教育を受けた経験,他者から評判を聞いた経験の三種類であった。
先行研究では情報メディアの選択を決定づける主な要因として「便利さ」が重視されてきた。しかし,情報メディアの物理的な特徴やそれに基づいた手軽さ,便利さは第一に考慮されるものではなく,最終的な情報メディアの絞り込みを行う際に考慮されることが明らかになった。
本研究では大学一年生の学習の中でもレポート課題と試験勉強における情報メディアの選択を対象として分析を行ったが,回答者たちはレポート課題や大学での試験勉強に関する経験が不足しており,専門図書等の情報メディアに関する知識も十分ではなかったと考えられる。そのことが,情報メディアの選択において必ず教員の指示が重視されることに繋がっている可能性がある。今後は本調査の回答者に対する二年次以降の継続的な調査を基に,大学での学習経験を重ねること,情報メディアに関する知識を獲得することによる変化に着目し,情報メディアの意味付けと文脈の関係をより詳細に明らかにしたい。
謝辞Acknowledgments
本研究は,2019年度「潮田記念基金による慶應義塾博士課程学生研究支援プログラム」の補助を受けて実施しました。また,本稿の執筆にあたり,慶應義塾大学倉田敬子教授に丁寧なご指導を賜りました。心より感謝いたします。
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25) 松本健太郎.デジタル記号論.新曜社,2019, 288p.
26) 吉見俊哉.メディア文化論:メディアを学ぶ人のための15話.改訂版,有斐閣,2012, 300p.(有斐閣アルマ).
27) 石田英敬.記号の知/メディアの知:日常生活批判のためのレッスン.東京大学出版会,2003, 392p.