A. 読書会の定義と様式
「読書会」の定義として,『図書館情報学用語辞典』では,読書会を“数人が定期的に集まって本などの感想を述べ合う会合”としている1)。他に著書による定義があるが2, 3),定義として大きな違いはない。先行研究で述べられた読書会の定義として,Mike ThelwallとKaren Bourrierによる“読書会(book clubまたはreading group)とは,本を中心に議論するオンラインまたはオフラインの個人の集まりである”4)[p. 1140]がある。これらの定義に共通する要素として,複数の参加者が,本を読んで,対面またはオンラインで議論や意見を述べ合う点が挙げられる。
読書会が持つ様式について,山本は,課題本が指定されている課題本型読書会と,各々の参加者が本を紹介する紹介型読書会の2種類があると述べている2)。海外でも,Álvarez-Álvarezによる先行研究の整理において,課題本を定めて集まる会合を「読書会」(book clubsまたはreading groups)とし,課題本を定めずに集まる紹介型読書会は「対話型文学集会」(Dialogic Literary Gatherings)として,異なる研究対象として扱っていた5)。
B. 日本における一般成人向け読書会の現状と研究
1. 一般成人向け読書会の実施状況
一般成人向け読書会は日本でも活発に行われている。読書推進運動協議会の『2018年度 全国読書グループ総覧』6)によれば,2018年10月時点で12,364の読書グループがあり,このうち一般向け読書会として1,439グループが確認されている。『2018年度 全国読書グループ総覧』に掲載されていない読書グループも多く,たとえば一般社団法人リードフォーアクションが運営している読書会には2020年8月時点で173名のファシリテーターが登録しており,全国で読書会を開催している7)。他にも,読書会紹介サイトである「読書会へ行こう!」には2020年8月時点で160の読書会が紹介されている8)。単一の読書会としては「猫町倶楽部」が最大規模で読書会を運営しており9),東京,名古屋,大阪など全国5都市で年に約200回の読書会が主催・運営され,年間の延べ参加人数は約9,000人に及ぶ。
2. 児童・生徒向け読書会研究と一般成人向け読書会研究
読書会を,教育機関による教育手法としての読書会と,一般成人向けの読書会に分けて見てみると,日本での読書会研究は,歴史研究か,教育手法としての研究が中心となっている。『図書館情報学研究文献要覧』でも,読書会は「読書指導」に分類されており10),読み聞かせ,おはなし会,ブックトーク,アニマシオンなどと同列に掲載されている。
日本では,一般成人を対象とした読書会研究は少なく,その性質などは明らかにされていない。日本での一般成人向け読書会の先行研究として,吉田新一郎は,教師など運営側が主導して話し合いをさせるような読書会とは別のものとして,参加者同士が主体となる読書会を紹介し,その効果を論じている3)[p. 38–40]。また他の先行研究として,地域における読書会の事例紹介や,実験的に読書会を開催してその効果を調査した研究がある。たとえば鈴木毅は,「本を用いて新しいタイプの場を形成する」活動を研究する中で,マイクロライブラリー,新しいタイプの書店・古本屋の他に,ビブリオバトル,ネット上の読書支援や書籍サイト,共読ライブラリー,読書会の事例から,本の持つ強力な媒介性,簡易に場を作ることのできる本,本の場どうしのネットワークに特徴があると考察した11)。また,若林隆久は,作家・ライターである木村洋平氏が主宰する読書会が,地域コミュニティの活性化に貢献した事例を紹介している12)。読書会を実験的に開催し,その効果を調査した例として,星田昌紀は,経営および起業を学習する方法として「ビジネス読書会」を提案し,5名の一般成人に対して実験的に一人での黙読とビジネス読書会参加の両方を行い,自由記述式の質問紙調査と読書会にて記載された模造紙の記述内容からその効果を調査している13, 14)。
C. 海外における一般成人向け読書会の研究
1. 読書会の運営手法に関する研究と読書会の参加に関する研究
日本での一般成人向け読書会研究は少ない一方で,海外では研究されている。海外の一般向け読書会の先行研究を,読書会の運営手法に関する研究と,読書会の参加に関する研究に細分化して見ていく。
読書会運営手法に関する研究として,Megan McArdleは,読書会活動の質的調査を通じて,読書会運営に共通する課題と対処を調べた研究を行い,読書会のタイプは様々であっても読書会の運営上の課題や特徴は共通していることを明らかにしている15)。ところが,読書会の参加に関する研究では,後述するように,読書会参加者から見た読書会の持つ性質などは,国や地域ごとに,個人の価値観や解釈と参加者による暗黙的な文化的規範によって異なる可能性がある。そのため,日本の読書会が持つ性質を明らかにするためには,日本での調査研究が必要となる。
2. 読書会の参加に関する研究
読書会の参加に関する研究として,国や地域の読書会を調査したものがある。Carmen Álvarez-Álvarezは,スペインでの読書会の質的調査を行い,読書会は参加者に対して(1)読書・文学の嗜好や読書習慣を促し,(2)読書会を通じた議論と体験学習を育み,(3)より学術的なスキルを身につけさせることを明らかにした5)。また,Youmen ChaabanとRania Sawalhiは,アラブ6カ国18の読書会関係者にインタビュー調査を実施し,アラブではフォーマルな読書会から非公式でフレンドリーな集まりまで様々であり,参加者は読書会に対して個人の成長,対人関係,社会的責任を促すものとして期待していることを明らかにした16)。さらに,Robert Clarkea, Nicholas Hookwayb, Rebekah Burgessbは,オーストラリアタスマニア北部で読書会に関する質問紙調査を行い,この地域の読書会は安定的に開催されており,読書会は定期的な知的活動を促進し,仕事でも家庭でもない場所での社会的つながりを強化・創出することを明らかにしている17)。これらの論文から,読書会の内容は多様であり,読書会をどのような場として捉えているのかは,国や地域で異なることが推定される。
読書会の参加に関する研究は,参加者を調査対象とした,実態調査に基づくものが多く見られる。インターネットが普及する前の研究として,Elizabeth Longによる,米国ヒューストンの読書会に関する質的調査がある18)。調査の結果,読書会は女性参加者に知的な刺激を与え,社会的接点の機会をもたらす18)[p. 118–120]と同時に,読書会を通じてアイデンティティと交渉や議論の機会を形成18)[p. 193–220]していることを明らかにした。
読書会の参加に関する質的研究から,参加者同士の相互作用と読書会の関係を明らかにした研究もある19)。Clayton ChildressaとNoah E. Friedkinaは,2009–2010年に米国の18の読書グループに同一書籍を課題本に読書会を開催させ,読書会の前後で質問紙調査を実施した。その結果,読書会で課題本の多面的な解釈が読書会参加者内で伝達されることで,個人の解釈が読書会前後で修正され課題本の意味が社会的に構築されることを明らかにした19)。対面のみならず,オンラインによる読書会に対する研究もある。Nancy M. Foasbergは,2011–2012年にオンライン読書会の投稿を収集し,オンライン読書会に対するケーススタディを通じた社会的ダイナミクスの分析調査を行った20)。その結果,オンライン読書会は,距離に関係なく参加者が類似の価値観を持つ別の参加者を見つけて絆を築く機会を与えることを明らかにした。またAdam Worrallは,オンライン読書コミュニティであるLibraryThingとGoodreadsでやり取りされたメッセージの質的調査と,このグループメンバーに対する質問紙調査ならびに半構造化インタビューによる調査を行った21)。その結果,課題本や課題テーマが新規参加を促し参加者を流動的にさせつつ,読書会の運営管理者と常連参加者によって暗黙的な規範が形成され,この暗黙的な規範がコミュニティの社会と文化を形成することを明らかにした。これらの研究から,オンラインでの読書会が普及する中で,読書会は,国や地域のみならず,参加者個人の価値観や解釈と,参加者同士の相互作用による暗黙的な文化的規範による影響を受けている可能性が推定される。
D. 本研究の目的
一般成人向け読書会は日本でも数多く開催されているが,日本での一般成人向け読書会研究は事例紹介や成果報告に留まり,読書会の持つ性質は明らかにされていない。海外の先行研究は,読書会運営手法に関する研究と,読書会の参加に関する研究に分けて見ることができる。海外の先行研究から,読書会運営手法における課題や特徴は共通している可能性があるものの,読書会参加者が読書会をどのような場として捉えているかは国や地域で異なることが推定される。そのため,読書会の参加に関する研究は,海外の先行研究が日本に当てはまるかどうか不明であり,日本で研究を行う必要がある。
上記を踏まえ,本研究は,日本における一般成人向け読書会に対して読書会の参加に関する研究を行う。日本では先行研究がほとんどなく,読書会が持つ性質の測定項目や測定方法,読書会の評価軸や評価項目なども明らかではない。そこで,質的調査によって,読書会をどのように捉えるべきかといった仮説生成も含めた分析を行う。参加者に焦点を当てるため,読書会参加者にインタビュー調査を行い,参加者がどのように読書会を捉えているのかを明らかにする。そして参加者の読書会に対する捉え方の分析を通じて,日本の一般成人向け読書会が持つ性質を明らかにする。
A. 半構造化インタビュー
本研究では,読書会参加経験のある,年齢,性別,職業の多様な30代から60代の男女22名に半構造化インタビューを実施した(第1表)。回答者は読書会参加経験のある一般成人で,スノーボール・サンプリングで抽出した。インタビューの結果,回答者22名全員が3年以上の読書会参加経験があり,うち17名が複数の主催団体による幅広いジャンルの様々な様式の読書会に参加していた。多様な読書会がある中で,インタビューは課題本が指定されている課題本型読書会を中心に行われ,印象に残った読書会について,22名中20名が社会科学や経済・経営を扱った読書会について回答した。
第1表 回答者一覧回答者 | 年代 | 性別 | 職業(業種など) | 居住地 | 読書会実施地域 | 印象に残った読書会の課題本 | 読書会参加歴 | 最近1~2年の参加/主催頻度 | 最近の参加団体数 |
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1 | A | 40代 | 女 | 会社員(社会福祉) | 関東在住 | 都内・まれに近郊 | 780スポーツ体育 | 4–5年 | 参加:年4–5回/主催:不定期 | 4–5団体 |
2 | B | 50代 | 男 | 会社経営者(自動車販売) | 東南アジア在住 | 主にオンライン | 330経済 | 4–5年 | 参加:年20–50回/主催:年12回以上 | 2–3団体 |
3 | C | 50代 | 女 | 会社役員(人材紹介) | 関東在住 | 主に都内 | 330経済 | 9–11年 | 参加:年4–5回/主催:不定期 | 2–3団体 |
4 | D | 60代 | 男 | 無職(年金生活) | 関東在住 | 主に都内 | 910日本文学/930英米文学 | 4–5年 | 参加:年11–20回/主催:なし | 1団体 |
5 | E | 30代 | 女 | 会社員(コンサルティング) | 関東在住 | 主に都内 | 330経済 | 9–11年 | 参加:年6–10回/主催:年50回以上 | 6–8団体 |
6 | F | 40代 | 男 | 会社役員(保育園運営) | 関東在住 | 主に都内 | 330経済 | 15年以上 | 参加:年20–50回/主催:不定期 | 4–5団体 |
7 | G | 30代 | 男 | 会社員(ITサービス) | ヨーロッパ在住 | 主にオンライン | 300社会科学/330経済 | 9–11年 | 参加:年11–20回/主催:なし | 1団体 |
8 | H | 30代 | 男 | 会社員(ITサービス) | 関東在住 | 主にオンライン | 330経済 | 6–8年 | 参加:年50回以上/主催:なし | 4–5団体 |
9 | I | 40代 | 男 | 会社経営者(コンサルティング) | 関東在住 | 主に都内 | 330経済 | 9–11年 | 参加:年1–3回/主催:年30回以上 | 4–5団体 |
10 | J | 40代 | 男 | 会社員(ドラッグストア) | 北陸在住 | 都内と地方の両方 | 300社会科学 | 15年以上 | 参加:年6–10回/主催:不定期 | 4–5団体 |
11 | K | 50代 | 男 | 会社経営者(建物リフォーム) | 中京在住 | 都内と地方の両方 | 330経済/700芸術美術 | 15年以上 | 主催のみ:年100回以上 | (最近主催のみ) |
12 | L | 60代 | 男 | 会社員(ITサービス) | 関東在住 | 都内と地方の両方 | 300社会科学/770演劇 | 4–5年 | 参加:年20–50回/主催:なし | 4–5団体 |
13 | M | 50代 | 男 | 会社役員(BPOサービス) | 関東在住 | 主に都内 | 330経済 | 3年 | 参加:年11–20回/主催:なし | 2–3団体 |
14 | N | 40代 | 男 | 会社員(精密機械加工) | 東海在住 | 主に都内 | 330経済 | 6–8年 | 参加:年1–3回/主催:なし | 1団体 |
15 | O | 40代 | 男 | 会社員(その他製造業) | 関東在住 | 主に都内 | 330経済 | 3年 | 参加:最近不参加/主催:なし | (最近不参加) |
16 | P | 不明 | 女 | フリーランス | 北海道在住 | 主にオンライン | 300社会科学 | 6–8年 | 参加:年6–10回/主催:なし | 9団体以上 |
17 | Q | 50代 | 女 | 大学職員(私立大学) | 関東在住 | 主に都内 | 300社会科学 | 9–11年 | 参加:最近不参加/主催:最近なし | (最近不参加) |
18 | R | 30代 | 女 | 会社員(コンサルティング) | 関東在住 | 都内・まれに近郊 | 300社会科学 | 12–14年 | 参加:年50回以上/主催:不定期 | 2–3団体 |
19 | S | 30代 | 男 | 会社員(翻訳会社) | 関東在住 | 主に都内 | 330経済 | 6–8年 | 参加:年1–3回/主催:なし | 4–5団体 |
20 | T | 30代 | 男 | 会社員(業界団体) | 関東在住 | 主に都内 | 300社会科学/150倫理学道徳 | 12–14年 | 参加:最近不参加/主催:最近なし | (最近不参加) |
21 | U | 40代 | 男 | 会社員(化学工業) | 関西在住 | 主にオンライン | 300社会科学/310政治/130西洋哲学 | 15年以上 | 参加:年50回以上/主催:最近なし | 4–5団体 |
22 | V | 40代 | 女 | 会社員(広告会社) | 関東在住 | 主にオンライン | 330経済 | 9–11年 | 参加:年20–50回/主催:なし | 4–5団体 |
インタビューは一人あたり60分から90分程度実施した。オンラインでのインタビューを基本とし,1名のみ対面でインタビューを実施した。インタビュー内容は回答者の了解を得て対面の場合はレコーダーに録音し,オンラインインタビューはインタビュー内容の録画を行った。インタビュー結果は筆者のバイアスを軽減するため逐語録を基本とし,回答者へ逐語録の事前確認を依頼し,回答者より指摘のあった箇所は回答者の指摘を踏まえて修正・更新を行った。
インタビューでは,どのような動機ときっかけで読書会に参加したのか,読書会に参加して,どこでどのような実感を得たか,読書会の後に何が残り,読書会の効果や価値をどう考えたか,設問を複数設けて質問した。本研究で調査した読書会は,参加者が日常で所属する集団から離れて討議や意見交換を行う場合がほとんどであり,動機ときっかけがなければ参加に至らないと予想される。そこで,読書会参加の動機ときっかけを調べるための質問として,参加を決めるまでの背景について幅広く聞くように心掛けた。読書会での実感を調べるために,著者の先入観や解釈が入らないよう,参加者それぞれが読書会で得た気付きをそのままインタビューとして質問した。また,実感を比較するために,読書と読書会ではどのような違いや関連性があるのかを質問した。読書会の後に何が残り,読書会の効果や価値をどう考えたかを調べるために,気付きを得た読書会では何が行われ,結果として何が残ったのかを質問した。
インタビューを進めていく中で,質問項目を追加し,追加の質問に対して未確認となった回答者には電子メールにて追加の質問を行った。追加した質問は2種類ある。第1に,インタビューを進める中で,本研究で調査した読書会では読書会参加と読書会の主催の差は小さく,読書会主催経験を持つ回答者も多かったことから,読書会主催に関する質問項目を追加することで,読書会の参加や主催の際の判断基準の調査を図った。第2に,読書会に参加しなくなる時期を持つ回答者もいたため,読書会に参加しなくなる時期や理由も調査項目として追加し,読書会に参加しなくなる場合の条件を確認した。これらの質問の回答を基に,参加者は読書会にどのような期待をしているのか,読書会で何が得られて,読書会をどのような場として捉えているのかを分析した。
B. グラウンデッド・セオリーによる分析
本研究では分析方法として,グラウンデッド・セオリーを採用した。これにより,読書会に参加する個々の有り様ではなく,インタビュー結果から共通する要素を抽出して,読書会に通底する性質を分析していく。グラウンデッド・セオリーの手法にも複数の種類が存在する22)。その中でCorbinとStraussならびに戈木によるグラウンデッド・セオリー23)はデータの切片化やコーディングならびにパラダイムの適応といった手順を詳細に展開しており,客観性や実証性を重視した手法となっている22)。日本での先行研究は少なく,研究者が自らのバイアスに偏った分析を進めてもバイアスに気付きにくいことから,本研究は,客観性や実証性を重視したCorbinとStraussならびに戈木によるグラウンデッド・セオリー23)の手順を採用した。
グラウンデッド・セオリーの手法に従い,インタビューで得られたデータから,共通する主要な性質を相互に関連付けてまとめていった。第1次分析から第3次分析を順次行い,参加者がどのように読書会を捉えているのかを概念としてまとめ,概念と概念の関係を分析した。本研究では分析ツールとしてATLAS.tiを使用した。ATLAS.tiを使用することで,第1次分析からその後の第2次分析,第3次分析まで終始,概念どうしの関係が回答データに紐づく状態を維持した。これにより,抽出した概念は常に抽出元となった回答データを参照できる状態を維持した。
第1次分析としてオープン・コーディングを行った。オープン・コーディングでは,インタビュー結果である逐語録を切片化し,切片化した回答データごとに回答データが持つプロパティ(特性)とディメンション(次元,側面)を記述した。プロパティは分析者の視点を示し,ディメンションはプロパティから見たときの回答データの位置づけを示す23)[p. 5]。これらのプロパティとディメンションから仮の概念を抽出した。
第2次分析としてアキシャル・コーディングと一部のセレクティブ・コーディングを行った。アキシャル・コーディングとして,回答データに紐づけたプロパティを確認し,プロパティの持つディメンションの漏れと重複がなくなるよう,見直しや統廃合を行った。見直し後,回答データを参照してプロパティとディメンションの紐付けが不適切となっていないか確認した。加えて,セレクティブ・コーディングとして,回答データに紐づけたプロパティとディメンションが属する概念を整理しつつ,グラウンデッド・セオリーで提示されたパラダイムを枠組みとして使用して,概念のグループ化と概念どうしの関係性をカテゴリとしてまとめた。
グラウンデッド・セオリーで提示されたパラダイムは,「状況・条件」,「行為/相互行為」,「帰結」で構成される。「状況・条件」とは,ある現象に関連したいつ,どこで,どうしてという問いに答えるもので,現象の構造を表す。「行為/相互行為」は,上記の「状況・条件」のなかで生じるできごとや,「状況・条件」に対してだれがどのように対応するのかを表すもので,現象のプロセスを表す。そして「帰結」は,上記の「行為/相互行為」の結果として生じたことを示し,現象の構造を表す23)[p. 117–118]。
第3次分析として理論的飽和となるまでサンプル数を追加しつつオープン・コーディング,アキシャル・コーディング,セレクティブ・コーディングを繰り返した。22人目のインタビュー結果においてプロパティやディメンションの増加が見られなくなったことから,理論的飽和とみなした。第3次分析を進める中で,インタビュー結果全体を,グラウンデッド・セオリーにおけるパラダイムの考え方に沿って,カテゴリを読書会参加にいたる状況・条件と,読書会の参加・開催までの行為/相互行為と,参加・開催した後の帰結に整理し,統合カテゴリ関連図の作成を行った。
A. グラウンデッド・セオリーに基づく概念とカテゴリ
インタビュー結果をグラウンデッド・セオリーに基づき分析した結果,22名のインタビュー結果に対して987種類のプロパティとディメンションを付与し,34の概念にまとめることができた。概念ごとの代表的なプロパティとディメンションを第2表に記載する。34の概念をグラウンデッド・セオリーのパラダイムである「状況・条件」,「行為/相互行為」,「帰結」の枠組みに沿って関連を整理し,9つのカテゴリにまとめた。以下,「状況・条件」,「行為/相互行為」,「帰結」の順に,それぞれの枠組みを示すカテゴリと概念を,回答例を挙げながら説明する(文中の《 》はカテゴリを,〈 〉はカテゴリ下の概念を表す)。
第2表 設定したカテゴリと概念の一覧パラダイム | カテゴリ | 概念 | 代表的なプロパティ:ディメンション |
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状況・条件 | 1《読書会への期待》 | 1〈課題・テーマの深耕を期待〉 | 時点:選択・企画前,着眼点:読書会,課題・テーマへの期待:深掘りしたい |
2〈課題・テーマの開拓・探索を期待〉 | 時点:選択・企画前,着眼点:読書会,課題・テーマへの期待:視野や知見を広げたい |
3〈コミュニティへの所属を期待〉 | 時点:選択・企画前,着眼点:読書会,参加者への期待:関係性を深めたい |
4〈参加者との言葉の応酬を期待〉 | 時点:選択・企画前,着眼点:読書会,参加者への期待:弱いつながりを活用したい |
5〈議論による成果や目標達成を期待〉 | 時点:選択・企画前,着眼点:読書会,議論の場への期待:成果が具体的(課題ではなく) |
6〈場の偶然性に期待〉 | 時点:選択・企画前,着眼点:読書会,議論の場への期待:偶然性に期待 |
7〈場の心地よさ・気軽さに期待〉 | 時点:選択・企画前,着眼点:読書会,議論の場への期待:場の雰囲気や議論の過程に期待 |
2《読書状況と読書スタイル》 | 8〈読書を取り巻く状況認識〉 | 時点:選択・企画前,着眼点:回答者自身,読書状況の自己認識:*(ディメンション複数並立) |
9〈主観的・審美的な読書スタイル〉 | 時点:選択・企画前,着眼点:回答者自身,読書スタイル:主観的・審美的な読書を好む |
10〈客観的・分析的な読書スタイル〉 | 時点:選択・企画前,着眼点:回答者自身,読書スタイル:客観的・分析的な読書を好む |
行為/相互行為 | 3《読書会の選択・企画》 | 11〈きっかけ・探索〉 | 時点:選択・企画時,選択候補に出会う・探す:*(ディメンション複数並立) |
12〈課題・テーマの事前評価〉 | 時点:選択・企画時,選択候補の事前評価:課題・テーマで評価する |
13〈場の内容や雰囲気を推測〉 | 時点:選択・企画時,選択候補の事前評価:参加者や議論の場を予想して評価 |
14〈興味やメリットのある読書会を選択〉 | 時点:選択・企画時,参加や主催の決定:興味やメリットから都度判断 |
15〈お気に入りの読書会を選択〉 | 時点:選択・企画時,参加や主催の決定:お気に入りに継続参加 |
16〈読書会の企画〉 | 時点:選択・企画時,参加や主催の決定:主催を判断 |
4《読書会に向けた読書》 | 17〈予習・宿題的な読書〉 | 時点:選択・企画後読書会前,読書会準備:課題本を理解する |
18〈言語化に向けた読書〉 | 時点:選択・企画後読書会前,読書会準備:自分の考えを伝える |
19〈ファシリテーションに向けた読書〉 | 時点:選択・企画後読書会前,読書会準備:他の参加者の意見を引き出す |
5《読書会での気付き》 | 20〈課題本に対する理解や気付き〉 | 時点:読書会当日,読書会を通じた課題本に対する理解:*(ディメンション複数並立) |
21〈参加者や場に対する気付き〉 | 時点:読書会当日,読書会の参加者や議論の場に対する認識:*(ディメンション複数並立) |
22〈自分と参加者との相互作用〉 | 時点:読書会当日,自分と他の参加者との相互作用:*(ディメンション複数並立) |
23〈自己に対する気付き〉 | 時点:読書会当日,発言による自分に対する発見:*(ディメンション複数並立) |
帰結 | 6《読書会に対する評価》 | 24〈参加した読書会の良し悪しを評価〉 | 時点:読書会後,読書会に対する帰結:読書会の良し悪し |
25〈自分が評価する読書会を把握〉 | 時点:読書会後,読書会に対する帰結:自分の評価軸,評価の着眼点 |
26〈読書会の波及効果を認識〉 | 時点:読書会後,読書会に対する帰結:評価の着眼点の変化,他活動への波及を意識 |
27〈読書会の構造や仕組みを理解〉 | 時点:読書会後,読書会に対する帰結:読書会とは何か・読書会以外との比較 |
28〈読書会主催者を評価〉 | 時点:読書会後,読書会に対する帰結:主催者の良し悪し |
7《他活動への波及》 | 29〈仕事や実践に活用〉 | 時点:読書会後,読書会以外に関する帰結:仕事や実践に活用(コト視点) |
30〈人的交流・人脈形成への活用〉 | 時点:読書会後,読書会以外に関する帰結:人的交流や人脈形成に活用(ヒト視点) |
8《内省》 | 31〈言動の振り返り〉 | 時点:読書会後,自分に対する帰結:具体的言動の振り返り |
32〈感情・思考・行動の変容〉 | 時点:読書会後,自分に対する帰結:感情・思考・行動の振り返り |
33〈読書習慣と読書スタイルの変化〉 | 時点:読書会後,自分に対する帰結:読書会から受けた影響の振り返り |
9《忘却》 | 34〈忘却〉 | 時点:読書会後,そのほかの帰結:何もしない・忘れる |
1. 読書会の参加・開催にいたる状況・条件
参加の動機ときっかけに関する回答を中心に,読書会を選択する前の時点の回答を分析した結果,参加者の着眼点として,読書会そのものに着眼している場合と回答者自身に着眼している場合の2種類のディメンションがあることが判明した(第2表)。そこでそれぞれのディメンションごとに《読書会への期待》と《読書状況と読書スタイル》という2つのカテゴリを生成して概念を区分けした。
代表的な回答を第3表に記載する。まず第1カテゴリとして,読書会に着眼している回答を《読書会への期待》としてまとめた。第3表のNo. 7にある“読書会の醍醐味というのは,(略)話し合って意見交換して(S)”といったように,読書会の醍醐味やメリットから参加の動機ときっかけを示している。参加者は読書会の何に動機を見出したのか分析した結果,回答者一人ひとりが,複数の様々な動機や期待を持っていることが判明した。回答者によっては矛盾しうる動機や期待を同時に持っている場合も確認された。回答として述べられた動機や期待に対して,動機の背景にある期待や,読書会の何をどのように捉えて期待を述べているか確認した結果,第2表に記載した代表的なプロパティとして,課題・テーマに対する期待と,参加者に対する期待と,議論の場に対する期待という3種類の期待に区分けすることができた。
第3表 状況・条件を示すカテゴリ・概念・インタビュー回答例No | インタビュー回答例(回答例中の(N)等は,第1表に示した各回答者を指す) | 概念 | カテゴリ |
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1 | “(データ分析を)仕事でやっていて,読書会で詳しく知りたいから(N)”,“本を読んでいて自分の中だけで消化するのが消化不良だった(J)” | 〈課題・テーマの深耕を期待〉 | 《読書会への期待》 |
2 | “自分だったら読まないだろうなって(略)でも,読書会ってあるんだったら(L)”,“本とかを探すんですけど,まあ見つからない(略)頼るものがない(B)” | 〈課題・テーマの開拓・探索を期待〉 |
3 | “家とも会社とも別の新しい所属先になっていた(略)安心できるコミュニティだった(R)”,“コミュニティの効用ですけど,読書会には(略)重要な側面(K)” | 〈コミュニティへの所属を期待〉 |
4 | “それまでの経験が全然違う人たちがおんなじ本を読むって言う(A)”,“同じテーマでこう深堀りするような語りができる場がほしいなっていうことで(Q)” | 〈参加者との言葉の応酬を期待〉 |
5 | “(読書会への期待として)私の場合は自分の,あの仕事関連ですかね(F)”,“タイムリミットがあるんで,それまでに読み込むっていう使命感がある(I)” | 〈議論による成果や目標達成を期待〉 |
6 | “偶然性みたいなものにとても心惹かれるんだなぁと思いましたね(A)” | 〈場の偶然性に期待〉 |
7 | “読書会の醍醐味というのは,(略)話し合って意見交換して(S)”,“心理的安全性みたいなところ(R)”,“たまたま(略)見つけて,割とすぐ通える(O)” | 〈場の心地よさ・気軽さに期待〉 |
8 | “心にゆとりができるとか,時間的に余裕ができると(R)”,“仕事が忙しくなって(N)”,“結婚,出産など(J)”,“介護とか看護とか(Q)” | 〈読書を取り巻く状況認識〉 | 《読書状況と読書スタイル》 |
9 | “ただその作品の世界に入り込んで,入り込んで自分で遊び回る(Q)”,“ドラマ見るような感じで世界観に浸る(G)” | 〈主観的・審美的な読書スタイル〉 |
10 | “情報を,文字とか数字とかを文字情報としてインプットしているという感覚(F)”,“目的意識を持って(Q)”,“インプットとして勉強している(O)” | 〈客観的・分析的な読書スタイル〉 |
第1カテゴリの3種類の期待について述べる。第1種の期待として,課題・テーマに対する期待を確認した。その結果,“(データ分析を)仕事でやっていて,読書会で詳しく知りたいから(N)”といった,読書会を通じて課題・テーマの理解を深めようとしている側面が見られた。このような「深掘りしたい」というディメンションを持った回答を〈課題・テーマの深耕を期待〉という概念にまとめた。一方で,同じ課題・テーマに対する期待でも,“自分だったら読まないだろうなって(略)でも,読書会ってあるんだったら(L)”といったように,「視野や知見を広げたい」と自分の知らない知識や情報の獲得を期待している側面も見られた。このような回答を〈課題・テーマの開拓・探索を期待〉という概念に整理した。第2種の期待として,参加者に対する期待を確認した。その結果,“家とも会社とも別の新しい所属先になっていた(略)安心できるコミュニティだった(R)”といった,他の参加者との関係性に価値を認めるディメンションを持つ回答は,読書会がその人にとって一種のコミュニティになっていることから,〈コミュニティへの所属を期待〉という概念にまとめた。一方で,同じ参加者に対する期待でも,“それまでの経験が全然違う人たちがおんなじ本を読むっていう(A)”というように,参加者との弱いつながりを活用することに価値を認めるディメンションを持つ回答は,〈参加者との言葉の応酬を期待〉という概念にまとめた。第3種の期待として,議論の場に対する期待を確認した。その結果,“(読書会への期待として)私の場合は自分の,あの仕事関連ですかね。(略)仕事に関連してるようなテーマ,ジャンルっていうところで,自分の知見を深めたいなぁとかいろんな方の経験談聞きたいなぁとか(F)”というように,具体的な成果を期待している回答を〈議論による成果や目標達成を期待〉という概念に整理した。課題・テーマは定まっていないが何とかしたい,課題本が合っているか分からないがとにかく試す,自分の知見を活かして貢献したいといった,課題・テーマよりも議論の場に期待する場合が該当する。一方で,具体的な成果ではなく“偶然性みたいなものにとても心惹かれるんだなぁと思いましたね(A)”というような場合は,〈場の偶然性に期待〉という概念に整理した。さらには“心理的安全性みたいなところ(R)”というように,結果よりも場の心地よさを重視し,議論の過程に醍醐味を感じる場合は,〈場の心地よさ・気軽さに期待〉という概念に整理した。
次に第2カテゴリとして,回答者自身に着眼している回答を《読書状況と読書スタイル》としてまとめた。第3表のNo. 8にある“心にゆとりができるとか,時間的に余裕ができると(R)”といったように,読書会参加の前提となる,読書の状況や自身の心境や背景などに対する状況認識が述べられている。このカテゴリに該当する回答を分析した結果,読書会参加にいたる心境や背景などについて,自分の置かれた状況を述べたものと,自分の好み・スタイルについて述べたものに区分けできることが判明し,それぞれを概念としてまとめた。まず,自分の置かれた状況を述べた回答としては,“仕事が忙しくなって(N)”といった,読書会のみならず読書会の前提となる読書まで含めたものが多く見られたことから〈読書を取り巻く状況認識〉という概念にまとめた。次に,自分の好み・スタイルについて述べたものとして,“ただその作品の世界に入り込んで,入り込んで自分で遊び回る(Q)”といったように,主観的・審美的に読書を楽しむものがあり,これらを〈主観的・審美的な読書スタイル〉という概念にまとめた。そして,別の好み・スタイルとして“情報を,文字とか数字とかを文字情報としてインプットしているという感覚(F)”といったように,客観的・分析的な読書を好む場合も見られたため,このようなディメンションを持つ回答を〈客観的・分析的な読書スタイル〉という概念に分けて整理した。
2. 読書会における行為/相互行為
読書会に参加して,どこでどのような気付きを得たのかについてインタビュー回答を分析した(第4表)。回答が対象としている「時点」を確認し,印象に残った読書会を基準に,事前,当日,事後といったディメンションを付与した。回答者は複数回にわたる読書会経験を持っており,過去の読書会経験が次の読書会への期待につながるような回答が見られた。回答者が読書会当日に得た内容を「実感や気付き」プロパティに対するディメンションとしてまとめた。回答者は実感と気付きを厳密には使い分けてはいなかったが,本研究では,分析結果から,実感(実際に読書会に参加して感じたこと)の主な内容として「気付き」があるとして,概念名やカテゴリ名では「気付き」と表現した。回答者が読書会に対して事後の感想を回答したものは,気付きとは別のプロパティとディメンションを付与した。分析の結果,時系列で段階別に過程を分けることができたため,段階ごとにカテゴリとしてまとめて分析を進めた。
第4表 行為/相互行為を示すカテゴリ・概念・インタビュー回答例No | インタビュー回答例(回答例中の(N)等は,第1表に示した各回答者を指す) | 概念 | カテゴリ |
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11 | “知人からの紹介(P)”,“Facebookで探した(L)”,“自分で検索した(T)”,“mixiで調べて参加(E)”,“Twitterが元だった(S)” | 〈きっかけ・探索〉 | 《読書会の選択・企画》 |
12 | “そこ(自分の興味関心)にズバリ掛け合わせるようなテーマ(B)”,“興味ある課題本(略)がまず第一(S)”,“自分で読むにはちょっと大変だなぁとか(A)” | 〈課題・テーマの事前評価〉 |
13 | “何ヶ月も継続して読んでいくっていうことが前提の読書会(R)”,“地方でやってて,そんなに多いメンバーじゃない(L)”,“著者が来る(I)” | 〈場の内容や雰囲気を推測〉 |
14 | “読書会に向けた読書はちょっとネガティブなんだけど,それを超えて読書会への参加が楽しい(V)”,“物理的に集まることが難しい人とも話せるというメリット(R)”,“興味ある課題本であるって言うことがまず第一で,でかつその内容もちゃんと真面目な内容かどうか(S)” | 〈興味やメリットのある読書会を選択〉 |
15 | “(お気に入りの)読書会に出会ってからは,(略)それ以外の有象無象の読書会は出なくなった(T)”,“定例に参加する(ようになった) (U)” | 〈お気に入りの読書会を選択〉 |
16 | “期待とかは同じなんだけど,主催している方がより,失敗しない,得られるものがある(Q)”,“違うスキル・経験を得ようっていうところが主催の動機(R)” | 〈読書会の企画〉 |
17 | “理解深めよう(K)”,“議論に耐えうる読み方(B)”,“自分でやっているはずなのに,やらされている感がある(S)”,“ピリピリしたお勉強モード(R)” | 〈予習・宿題的な読書〉 | 《読書会に向けた読書》 |
18 | “自分はどう感じるのかを明確に,言葉にして読む(R)”,“読書会はもうアウトプット前提なんで(O)”,“アウトプット中心ですかね(F)” | 〈言語化に向けた読書〉 |
19 | “こんなことを聞いてみようという準備をする(M)”,“経験談・意見・抽象的解釈・引用において,経験談から始まり,意見を引き出すこと。次の学びに繋げること(E)” | 〈ファシリテーションに向けた読書〉 |
20 | “課題本の理解を深めた上で,新たな着想を得る(I)”,“驚いたのは本当に人によってバラバラの読みになるってこと(K)”,“モヤモヤしていたものが,読書会で整理(C)”,“頭の中が色々整理ができ(た)(L)”,“ああそうなのか(J)” | 〈課題本に対する理解や気付き〉 | 《読書会での気付き》 |
21 | “参加者の人生が見えるというか参加者の人の何ていうかこの,ほぼほぼ初対面なのに深いところが観れるのが面白くて印象に残ってます(G)”,“自分が日ごろ接しない世代の方(だった)(A)”,“結構深いところまで話せたりする(R)” | 〈参加者や場に対する気付き〉 |
22 | “いろんなものが混じり合って,変な化学反応を起こして(S)”,“他の参加者の経験によって(略)腑に落ちた(J)”,“化学反応が出る度にアドレナリンが出て(G)”,“批判的なコメントもらうと(略)そういう見方があるのかって(I)”,“話の呼吸があったりとか(Q)”,“フィードバックがうまく返せてる(A)” | 〈自分と参加者との相互作用〉 |
23 | “「あ,自分ってそんなこと思ってたんだ」って思う(A)”,“ある種メタ認知できる機会になっている(E)”,“読書会の場で既に振り返っている気がしていて,(略)結構振り返っている気がしていて(R)”,“自分はこういう考えを持っていたのか,とかこういう考え方もあるのかというのが,どんどん見つかってきている(S)” | 〈自己に対する気付き〉 |
第1段階は《読書会の選択・企画》カテゴリとしてまとめた。このカテゴリの行為として,読書会の選択・企画のために,読書会を探す・見つける,読書会を選ぶ・比べる,実際に読書会を選択・企画するといった3ステップ6種類の行為が行われており,それぞれの行為を概念としてまとめた。第1ステップとして,読書会候補を“知人からの紹介(P)”で知る場合や,“Facebookで探した(L)”,といった場合があり,これらを〈きっかけ・探索〉という概念にまとめた。第2ステップとして,読書会に対する事前評価が行われ,ここでは事前評価の対象によって2種類の概念に分けた。事前評価の第1の対象に課題本があり,“そこ(自分の興味関心)にズバリ掛け合わせるようなテーマ(B)”といったように第2ステップで課題本を事前評価する行為を〈課題・テーマの事前評価〉という概念にまとめた。事前評価の第2の対象として読書会の場があり,“何ヶ月も継続して読んでいくっていうことが前提の読書会(R)”といったように第2ステップで読書会の場を事前評価する行為を〈場の内容や雰囲気を推測〉という概念にまとめた。
そして第1段階の第3ステップとして,参加する読書会の選択があり,これは選択形態によって3種類の概念にまとめた。第3ステップの第1の選択形態として都度選択がある。この形態では,“読書会に向けた読書はちょっとネガティブなんだけど,それを超えて読書会への参加が楽しい(V)”といったように,開催される読書会ごとに,参加するかどうかを見定めていた。このように第3ステップで都度選択する行為を〈興味やメリットのある読書会を選択〉という概念にまとめた。第3ステップの第2の選択形態として継続選択がある。この形態では,“(お気に入りの)読書会に出会ってからは,(略)それ以外の有象無象の読書会は出なくなった(T)”というように継続的な参加を判断していた。このように第3ステップで継続選択する行為を〈お気に入りの読書会を選択〉という概念にまとめた。そして,第3ステップの第3の選択形態として,読書会を自ら主催する場合が見られた。これは,インタビューの結果,本研究で調査した読書会では参加と主催の差は小さく,“期待とかは同じなんだけど,主催している方がより,失敗しない,得られるものがある(Q)”というように,参加と主催の状況・条件は同様で,読書会の実現方法の違いでしかないことが判明した。そのため,読書会の主催を含む行為を〈読書会の企画〉という概念に整理して,読書会の選択形態の一つとしてまとめた。このようなステップを経て,参加または主催する読書会が定まれば,次の第2段階のカテゴリに進む。
第2段階は《読書会に向けた読書》カテゴリとしてまとめた。このカテゴリでは,読書会に向けて課題本を読む行為が行われる。課題本の読み方として3種類あり,それぞれの読み方ごとに概念にまとめた。第1の課題本の読み方として“理解深めよう(K)”や,“議論に耐えうる読み方(B)”といったように課題本を理解するための読み方が見られた。この時,課題本を理解する際に“自分でやっているはずなのに,やらされている感がある(S)”という回答が見られたことから〈予習・宿題的な読書〉という概念にまとめた。第2の課題本の読み方として,“自分はどう感じるのかを明確に,言葉にして読む(R)”というように読書会で他者へ自分の考えを言葉にして伝えるための〈言語化に向けた読書〉という概念にまとめられる行為が確認された。第3の課題本の読み方として,“こんなことを聞いてみようという準備をする(M)”というように,他の参加者の意見を引き出すための論点整理や質問事項などを抽出する〈ファシリテーションに向けた読書〉という概念にまとめられる行為が確認された。このような読書を経て,第3段階として実際に読書会に参加する。
第3段階は《読書会での気付き》カテゴリとしてまとめた。このカテゴリでは,読書会参加によって気付きが得られており,気付きを得るにいたった読書会参加のプロパティごとに概念にまとめた。回答データを分析した結果,読書会に参加して,自分の意見に対する相手の発言や,議論における意見の相違・反論や,自分の発言を自分で聞くことが,気付きを得るきっかけとなっており,これらを4種類のプロパティに整理した。それぞれのプロパティが持つディメンションは多岐にわたり,それらのディメンションは並立関係にあると思われたことから,このカテゴリではプロパティごとに概念をまとめた。第1のプロパティとして「読書会を通じた課題本に対する理解」があり,“課題本の理解を深めた上で,新たな着想を得る(I)”や,“驚いたのは本当に人によってバラバラの読みになるってこと(K)”といったように,このプロパティから気付きを得ている回答を〈課題本に対する理解や気付き〉という概念にまとめた。第2のプロパティとして「読書会の参加者や議論の場に対する認識」があり,“参加者の人生が見えるというか参加者の人の何ていうかこの,ほぼほぼ初対面なのに深いところが観れるのが面白くて印象に残ってます(G)”というように,読書会において他者を傍観し,このプロパティから気付きを得ている回答を〈参加者や場に対する気付き〉という概念にまとめた。第3のプロパティとして「自分と他の参加者との相互作用」があり,“なんかあのいろんなものが混じり合って,変な化学反応を起こして(S)”というように,読書会で他者に関与し,自分と他者とのやりとりを通じてこのプロパティから気付きを得ている回答を〈自分と参加者との相互作用〉という概念にまとめた。そして第4のプロパティとして「発言による自分に対する発見」があり,他者の発言や他者との議論による気付きに加えて,自己の発言による気付きも見られた。読書会では自分自身も発言するが,“「あ,自分ってそんなこと思ってたんだ」って思う(A)”というように,読書会での発言が自分の思考を言語化する機会にもなる。“ある種メタ認知できる機会になっている(E)”というように,このプロパティから気付きを得ている回答を〈自己に対する気付き〉という概念にまとめた。
3. 読書会参加・開催後の帰結
読書会参加後の帰結として,読書会の後に何が残り,読書会の効果や価値をどう考えたのかに関するインタビュー回答をまとめた(第5表)。その結果,回答は「読書会に対する帰結」,「読書会以外に関する帰結」,「自分に対する帰結」,「そのほかの帰結」の4種類のプロパティを持つことが判明した。そこで,それぞれのプロパティごとにカテゴリにまとめた。
第5表 帰結を示すカテゴリ・概念・インタビュー回答例No | インタビュー回答例(回答例中の(N)等は,第1表に示した各回答者を指す) | 概念 | カテゴリ |
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24 | “大抵は成功だった(Q)”,“熱量がなかった,充実感がなかった(Q)”,“全員がピンと来なかったってなると読書会って盛り上がらない(K)” | 〈参加した読書会の良し悪しを評価〉 | 《読書会に対する評価》 |
25 | [課題本軸]“課題本のポテンシャルにかかってる(B)”,“課題本,影響しますね(D)”,“選定した本(課題本)がイマイチであったという読書会はダメ(L)” | 〈自分が評価する読書会を把握〉 |
[参加者軸]“結局,参加者に左右される(J)”,“参加者のクオリティ(T)”,“参加者の質(P)”,“層が良い(B)”,“造詣が深(い)(E)”,“自分よりすごい人(S)”,“苦労した時の者同士(Q)”,“同じ問題意識を持っている人(F)” |
[議論の場軸]“(議論で思わぬ)何かと遭遇して会話ができると印象に残る(V)”,“答えを擦り合わせる間があったとか,時間があって,相手のことがわかるとそのような歓喜というか,印象に残る(Q)” |
26 | “徐々に変化があって,仕事が変わったということで少し大きく変わった(A)”,“顔見知りが増えて(略)楽しみが増えましたよね。なんか仲間に会ったかのような(P)”,“今はむしろ(略)読書会に参加する自分の目的がより明確になってきてる(M)” | 〈読書会の波及効果を認識〉 |
27 | [読書会は]“価値観の切り口を交換(T)”,“しゃべる機会,時間が与えられている(T)”,“体験も価値観も全然違う人が寄り集まって(O)”,“安心安全の場として集まれる(R)”,“自由に活発に,色々喋れるオープンな空間(T)”,“素直に参加者それぞれの対話を聞いている,穏やかな時間(N)”,“ある意味共通のベースを持ちえた(P)”,“同じ本を読んで感想を言い合う(R)”,“同じメンバーしかいないと(略)変化がない(M)”,“毎回(参加者が)固定だと,ガチガチに(I)” | 〈読書会の構造や仕組みを理解〉 |
28 | “やっぱり主催者さんとその他の周りでサポートしてる方たちが,クオリティ高く持って行って下さって(P)”,“主催団体によりけり(T)” | 〈読書会主催者を評価〉 |
29 | “仕事に役立てています(V)”,“自分の会社の活動でどう活かせるか(E)”,“スキルに繋がっています(N)”,“すごく役に立ちました(M)”,“自分でやってる新規事業関係の話につながる(E)”,“こういうことを試みよう(K)” | 〈仕事や実践に活用〉 | 《他活動への波及》 |
30 | “人脈が出てきます(B)”,“読書以外の趣味に発展していく(略)。読書会が基礎で,そこに読書以外の趣味(略)を深めてみようみたいなことが起きる(U)”,“同じ時間を共有するっていうのはなんか力がある(M)” | 〈人的交流・人脈形成への活用〉 |
31 | “もっと聞く方に集中すべきだった(G)”,“核心に迫られれば良かった(略)深い角度から掘り下げて(略)っていう点は反省(O)”,“あの時自分でこうした意見を発したのは自分がこんなことを考えていたんだ,とか振り返って(E)” | 〈言動の振り返り〉 | 《内省》 |
32 | “テンション上がった(S)”,“見方が変わ(った)(K)”,“興味を持つようになった(A)”,“モチベーションが上がる(U)”,“行動が強化される(V)”,“見方が増える(I)”,“論理的説得力の練習に(H)”,“色々と考えてみるって言うプロセスを踏めた(U)”,“考え方を変えるっていうのはありました(U)” | 〈感情・思考・行動の変容〉 |
33 | “読書量は5倍になりました。5倍。それまで(略)漫画とかゲームだったんです(N)”,“(読書量は)倍とか3倍とかにはなってる(L)”,“読む速度がやっぱ早くなった(略)想定できるようになった(L)”,“いろんな本を結びつけて読む(S)”,“何度も何度も読み込んで(略)小説の読み方じゃないですね(N)”,“習慣化していて,(略)今までも続けている(U)” | 〈読書習慣と読書スタイルの変化〉 |
34 | “古いものはどうしても忘れちゃっている(F)”,“外れた読書会というのは(略)記憶に残らない(U)”,“感覚として忘れてるものが7, 8割ぐらいある(M)”,“なんかの瞬間に読書会の記憶が(略)フラッシュバックする(N)” | 〈忘却〉 | 《忘却》 |
第1のプロパティである「読書会に対する帰結」を持つ回答を《読書会に対する評価》というカテゴリにまとめた。このカテゴリでは,読書会参加経験を重ねることで,読書会に対する理解や,自身が参加する読書会の傾向と参加した読書会に対する評価が定まっていく帰結が見られた。このカテゴリでは,評価の種類によって5つの概念に整理した。第1の評価として総評がある。“大抵は成功だった(Q)”というように,総評を述べたものを〈参加した読書会の良し悪しを評価〉という概念にまとめた。ただし,参加者によって読書会に対する期待・目的・背景は異なるため,参加者によって評価基準は異なり,総評といっても印象のような内容も見られた。第2の評価として,自分が評価する読書会の傾向がある。“課題本のポテンシャルにかかってる(B)”や,“結局,参加者に左右される(J)”や,“(議論で思わぬ)何かと遭遇して会話ができると印象に残る(V)”といったように認識して〈自分が評価する読書会を把握〉するといった概念につなげている回答者も見られた。第3の評価として,読書会が及ぼした変化がある。自分が評価する読書会の傾向や読書会の捉え方が,読書会経験を重ねる中で変化する場合が見られた。変化の内容を確認すると“徐々に変化があって,仕事が変わったということで少し大きく変わった(A)”といった,仕事での活用を意識するものや,“顔見知りが増えて(略)楽しみが増えましたよね。なんか仲間に会ったかのような(P)”というように,読書会から人的交流への波及効果を認識する側面が見られた。このような回答を〈読書会の波及効果を認識〉という概念にまとめた。第4の評価として一般化・抽象化がある。読書会というものに思いをめぐらし,読書会は“価値観の切り口を交換(T)”している点や,“しゃべる機会,時間が与えられている(T)”点に特徴があるといった,抽象化して〈読書会の構造や仕組みを理解〉という概念にいたる人も確認された。第5の評価として,主催者評価がある。“やっぱり主催者さんとその他の周りでサポートしてる方たちが,クオリティ高く持って行って下さって(P)”というように,読書会というより〈読書会主催者を評価〉という概念にいたることで,主催者に対する評価が読書会評価につながっている場合も見られた。
第2のプロパティである「読書会以外に関する帰結」を持つ回答を《他活動への波及》というカテゴリにまとめた。このカテゴリでは,読書会で得た内容を他の実践活動に活かし,交流や人脈形成につなげる帰結が見られた。このカテゴリでは,波及内容によって2つの概念に整理した。第1の波及として実践がある。読書会を“仕事に役立てています(V)”といった回答や,“自分の会社の活動でどう活かせるか(E)”や,“スキルに繋がっています(N)”といったような,読書会を〈仕事や実践に活用〉している場合が見られ,一つの概念としてまとめた。第2の波及として交流がある。“人脈が出てきます(B)”や,“読書以外の趣味に発展していく(略)。読書会が基礎で,そこに読書以外の趣味(略)を深めてみようみたいなことが起きる(U)”といったように,他活動への波及効果として,読書会から〈人的交流・人脈形成への活用〉という概念へと拡げている場合も見られた。
第3のプロパティである「自分に対する帰結」を持つ回答を《内省》というカテゴリにまとめた。このカテゴリでは,自分自身の言動を事後に振り返り,自分の情動に対する変化を自覚するといった帰結が見られた。このカテゴリでは,事後の振り返り内容によって3つの概念に整理した。第1の振り返りとして,読書会での言動がある。“もっと聞く方に集中すべきだった(G)”というように,読書会の後で自分自身の言動を振り返る回答を〈言動の振り返り〉という概念にまとめた。第2の振り返りとして,自身への影響がある。読書会に参加したことで“テンション上がった(S)”や,“見方が変わ(った)(K)”や,“興味を持つようになった(A)”といったように,回答者自身の中で〈感情・思考・行動の変容〉という概念につながった場合も見られた。第3の振り返りとして,読書への影響がある。読書会参加を重ねる中で“読書量は5倍になりました。5倍。それまで(略)漫画とかゲームだったんです(N)”といったように,読書会の前提となる読書に対する変化につながったという回答が見られ,〈読書習慣と読書スタイルの変化〉という概念にまとめた。
第4のプロパティである「そのほかの帰結」として,上記のいずれにも当てはまらない回答を分析した結果,“古いものはどうしても忘れちゃっている(F)”といったように,「覚えていない」,「忘れた」といった内容が中心であったため,〈忘却〉という概念にまとめた。他の概念は見当たらないことから,単独で《忘却》というカテゴリを設定した。
B. 統合カテゴリ関連図
前節で明らかにした9つのカテゴリに対して,因果関係を整理し,統合カテゴリ関連図として一つにまとめた(第1図)。この統合カテゴリ関連図は3つのグループから構成されている。それぞれのグループごとにカテゴリ間の関係を述べていく。加えて,第3のグループの結果がその後の読書会における第1のグループに回帰的に影響する様子を説明し,このような回帰構造が参加・開催頻度にどのように影響しているかを述べる。
1. 統合カテゴリ関連図の第1グループ
第1グループは,読書会参加にいたる2つの状況・条件が,読書会の選択・企画につながる関係を表している(第2図)。読書会参加にいたる状況・条件として,課題本や参加者や議論の場といった《読書会への期待》カテゴリと,参加者自身として認識している読書を行う余裕や本の読み方といった《読書状況と読書スタイル》カテゴリがある。この2つの状況・条件をふまえて《読書会の選択・企画》カテゴリの行為へとつながっていく。
参加者の《読書状況と読書スタイル》は読書会への期待や,読書会に対する参加姿勢に影響する。参加者自身の認識として,自分の置かれた状況に余裕がなければ,読書から遠ざかり,《読書会への期待》は下がる場合がある。加えて,余裕がないと読書会の参加・主催に後ろ向きとなる傾向が見られ,《読書会の選択・企画》において,実際の参加・主催は限られたものとなる。
参加者の《読書会への期待》は読書会に感じる魅力に影響する。《読書会への期待》が高い場合,参加者が読書会に目を止める可能性は高くなり,《読書会の選択・企画》の一環として自ら検索して探す行為につながり,読書会の選択肢が増えやすい。参加者は読書会に対する期待と,候補となる読書会に対する自身の置かれた状況から《読書会の選択・企画》として読書会参加の可否を判断する。読書会への参加または主催を決定すれば,次の第2グループに進む。もし仮に《読書会の選択・企画》において読書会を選ばなければ,読書会に参加することはないため,第2グループへ進まず第1グループで終了となる。
2. 統合カテゴリ関連図の第2グループ
第2グループは,読書会の選択・企画から,実際に読書会に参加して気付きを得るまでの行為が並んでいる(第3図)。第1グループで述べた《読書会の選択・企画》が第2グループと共有されていることで,第1グループと第2グループがつながっている。はじめに第1グループで説明した《読書会の選択・企画》が行われ,参加予定の読書会が定まる。次に読書会当日までに《読書会に向けた読書》という行為が行われ,読書会を期待に合ったものにしようと準備を進める。《読書会に向けた読書》の負担感や費やせる時間には,第1グループの《読書状況と読書スタイル》の状況・条件が影響する。もし仮に《読書会に向けた読書》が遂行できなければ,読書会参加をキャンセルする場合もある。なお,第1グループの《読書状況と読書スタイル》は《読書会の選択・企画》にも影響するが,その内容は第1グループ(第2図)で説明しており,第3図では図示を省略している。
そして読書会当日に,実際に読書会に参加することで,《読書会での気付き》という行為/相互行為が行われる。《読書会での気付き》カテゴリのそれぞれの概念では,各自の気になったところ,自分にとって新たな知見を得たことで気付きを得ていた。回答者の全員(22名)が,読書会で得た気付きとして自分の意見に対する相手の発言によって示唆や発見が得られた点を挙げている。読書会当日に,他の参加者との議論を通じて,課題本に対する理解が深まり,読書会の参加者や議論の場に対する認識を意識する。自分一人では到達しえない参加者との相互作用を目の当たりにし,自分自身の発言から自己を発見する。読書会で理解や知識形成が促進されると共に,何かしら気付きを得るにいたる。そして,《読書会での気付き》が第3グループと共有されることで第2グループと第3グループがつながっており,《読書会での気付き》を受けて,第3グループの帰結へとつながっている。
3. 統合カテゴリ関連図の第3グループ
第3グループは,読書会参加後の帰結に関する内容を表している(第4図)。第3グループは,第2グループの最後の過程であった《読書会での気付き》での経験が蓄積されることで,事後的に《忘却》,《読書会に対する評価》,《他活動への波及》,《内省》の4種類の帰結にいたる。参加者は《読書会での気付き》を得ていく過程で,気付きを得る対象や視点が頻繁に変わる。そして,どこに気付きを得て,どのような気付きを覚えているかによって,第3グループの行き着くカテゴリが変わる。
《読書会での気付き》カテゴリにおける〈課題本に対する理解や気付き〉という概念が弱い場合,何を読んだのか本に対する印象が薄くなり,《忘却》というカテゴリの帰結にいたることが確認できた。読書会の多くは,時の経過と共に思い出せなくなる。読書会後の帰結として《忘却》カテゴリの状態にいたった場合,仮に読書会で何かしら気付きを得ていたとしても具体的な読書会との紐付けを失う。《読書会での気付き》カテゴリにおける〈課題本に対する理解や気付き〉が強い場合,課題本に対する印象は強くなり,本に対する印象と結びつくように読書会に対する印象を覚えていて,他の〈参加者や場に対する気付き〉,〈自分と参加者との相互作用〉,〈自己に対する気付き〉といった概念に該当する回答を行なっている様子が見られた。
読書会に参加して《読書会での気付き》におけるどの概念を強く覚えているかによって,その後の帰結が変わる。もし《読書会での気付き》における〈参加者や場に対する気付き〉が強い場合,観察者の立場で得た気付きからの帰結として,読書会の良し悪しや好みを評価したり,読書会はどのようなものかを思考したりといった《読書会に対する評価》カテゴリに該当する帰結につながる傾向が見られた。もし《読書会での気付き》における〈自分と参加者との相互作用〉によって得られた気付きを強く覚えている場合,そこから読書会を超えた活用や交流などといった《他活動への波及》カテゴリの帰結につながる場合が見られた。もし《読書会での気付き》における〈自己に対する気付き〉が強い場合,そこから自分自身の言動を振り返り,自己の変化を認識するといった《内省》カテゴリの帰結につながる場合がみられた。
4. 第3グループから第1グループへの回帰
第3グループの帰結によって,その後の読書会における第1グループの状況・条件に回帰的に影響するといった関係が見られた(第1図)。たとえば,“情報交換とかを繰り返し行い,特定多数の人と行い続けることで,議論の内容とかをどんどん高めていっている感覚がある(S)”といったように,第3グループの《他活動への波及》カテゴリの帰結によって,第1グループの《読書会への期待》が高まり,そこから《読書会の選択・企画》カテゴリの〈お気に入りの読書会を選択〉という行為につながり,読書会参加を繰り返すことで,第3グループの《読書会に対する評価》カテゴリに該当する帰結にいたる例が見られた。このように,回答者も第3グループの帰結からその後の第1グループの《読書会への期待》が強まり,《読書会の選択・企画》が増えていくという回帰的な影響を感覚として持っていることが確認された。カテゴリ間の関係を確認した結果を,第1図の第3グループのカテゴリから第1グループのカテゴリへの矢印で表している。帰結として《読書会に対する評価》にいたると,読書会に対する理解や自身の嗜好が明確になり,その後の《読書会への期待》や《読書会の選択・企画》に影響する傾向が見られた。また,帰結として《他活動への波及》にいたって読書会参加による効果を認識すると,その後の《読書会への期待》に影響する傾向が見られた。
読書会への影響とは別に,参加者の読書に対する影響も見られた。帰結として《内省》にいたって読書習慣や読書スタイルの変化を認識すると,“本の読み方が分かってくると本が面白くなってきてさらに本を読み始めて(E)”というような,第1グループの《読書状況と読書スタイル》に対する認識に影響する場合が見られた。読書に対する億劫さが軽減されると,“本て持ち運べるし,何かをしながらでもできるし,途中で自由に止められる(R)”というように,日頃から隙間時間を活用するなどして読書を行う場合も見られた。
5. 参加・開催頻度への影響
前項で述べた第3グループから第1グループへと影響が回帰することで,その後の読書会の参加・開催頻度にどのような影響があるのかを見ていく。第III章A節第2項で説明したように,《読書会の選択・企画》カテゴリには3種類の選択形態があるが,読書会をどの形態で選択するかによって,読書会への参加・開催頻度に差があることが判明した。読書会参加経験がない場合,はじめは《読書会の選択・企画》カテゴリの〈興味やメリットのある読書会を選択〉しか選択方法はない。この時,〈興味やメリットのある読書会を選択〉において読書会に興味やメリットを感じなかった場合に“めんどくさいなみたいなところがある(O)”と敬遠される場合がある。その場合,読書会の存在を知った場合でも,実際に参加にいたる読書会は限られたものとなりやすい。
読書会参加を行う中で,お気に入りの読書会を見つけて“定例に参加する(ようになった)(U)”というように,〈お気に入りの読書会を選択〉による選択形態に変わる場合がある。〈お気に入りの読書会を選択〉による選択形態となると,読書会参加にいたる状況・条件の《読書状況と読書スタイル》の状態が変わらない限り,参加頻度が上がる傾向がある。お気に入りの読書会はその内容が予想しやすく,予測性の高さから,《読書会への期待》は高い状態が維持されやすい。その上で《読書会の選択・企画》で読書会を探す手間を省くことができる。これにより,〈お気に入りの読書会を選択〉という行為によって読書会への定例的な参加が促され,参加頻度が上がりやすくなる。
回答者の中には,《読書会の選択・企画》カテゴリの〈読書会の企画〉という,読書会を主催する形態を取る人も確認された。本研究で調査した読書会は,主催と参加者の関係は対等であり,立場を入れ替えることは十分可能である。自分が主体となって〈読書会の企画〉を行うことで読書会のコントロールできる範囲が広がるため,自らが抱いている《読書会への期待》を満たすために自分の都合で負荷や制約と調整をつけて計画を立てることができ,主催することで自身の確実な参加につながる。本研究の回答者のうち50%(11名)は自ら読書会を主催した経験を持つ。主催まで至らない場合でも,当日のファシリテーションを行った事がある人まで含めると回答者の77%(17名)が運営に参加した経験を持っていた。そして〈読書会の企画〉を行う人のうち,何名かは〈読書会の企画〉を定期的に繰り返すという,読書会の定期開催を行なっていた。読書会の定期開催を行なっている人は,読書会の主催によって成功体験が得られることで“人間関係が広がって深まるってそれだけでものすごく大きなことじゃないですか,人生変わるくらい(K)”というように,読書会開催に意義を感じている傾向が見られた。主体的に活動することでコントロールできる範囲が広いため,主催者として満足度を高めるような工夫をおこなっている場合が見られた。
一方で,読書会参加を続ける中で,参加頻度が下がる場合も見られた。読書会に参加して《読書会での気付き》を得る度合いが弱くなると,“頻度は落ちました。(略)頻度というよりは。課題本次第ですね(S)”というように,《読書会の選択・企画》が厳選される動きが見られた。また,《読書会の選択・企画》カテゴリにおける〈きっかけ・探索方法〉で,自分が望む読書会に出会わないと,“自分から検索してそこに入り込んで行ってというのは,億劫だったりします(O)”というように,主体的に読書会を探さなくなる場合も見られた。さらに,読書会参加にいたる状況・条件の《読書状況と読書スタイル》の状態が変化して,“子供が産まれてから(略)ぱたっと参加しなくなった(T)”というように,生活状況の変化などにより時間的余裕がないと認識された場合,読書会参加の制約が働いて《読書会の選択・企画》が顕著に減少する傾向が見られた。
IV. 一般成人向けの社会科学に関する読書会が持つ性質
A. 読書会への期待から見る読書会の捉え方の傾向
本研究を通じて,参加者は読書会をどのように捉えているのかを考察する。参加者によって読書会の捉え方に違いはあるのかを確認するため,《読書会への期待》カテゴリを構成する概念について,一人ひとりの回答と概念の紐付け状況を調査した。その結果,回答者の年代,性別,職業,居住地,参加する読書会地域といった属性と回答や概念の傾向に相関は見つからなかった。また,回答者の読書会参加歴や参加頻度で比較しても,参加歴の短長や参加頻度の高低と回答や概念の傾向に相関は見つからなかった。
参加者属性による《読書会への期待》の傾向は見られなかったが,それでも一人ひとりの回答に紐づけられたプロパティとディメンションは特定の概念に偏って分布しており,偏りの傾向は参加者によって異なっていた。そこで,《読書会への期待》カテゴリを構成する概念のうち,回答者一人ひとりにおいて偏って分布していた概念を一覧にして,他カテゴリとの相関関係を確認した(第6表)。その結果,《読書会への期待》カテゴリを構成する概念のうち,議論の場への期待をプロパティに持つ3つの概念(〈議論による成果や目標達成を期待〉と,〈場の偶然性に期待〉と,〈場の心地よさ・気軽さに期待〉)は,回答者ごとに分布に偏りが見られた。この偏りが統合カテゴリ関連図における第3グループの《他活動への波及》カテゴリの概念の偏りと相関する傾向が示唆された。このことから,参加者は,読書会における議論の場への期待の違いによって,読書会以外の他活動への波及の方向性が異なる可能性がある。
第5表 帰結を示すカテゴリ・概念・インタビュー回答例No | インタビュー回答例(回答例中の(N)等は,第1表に示した各回答者を指す) | 概念 | カテゴリ |
---|
24 | “大抵は成功だった(Q)”,“熱量がなかった,充実感がなかった(Q)”,“全員がピンと来なかったってなると読書会って盛り上がらない(K)” | 〈参加した読書会の良し悪しを評価〉 | 《読書会に対する評価》 |
25 | [課題本軸]“課題本のポテンシャルにかかってる(B)”,“課題本,影響しますね(D)”,“選定した本(課題本)がイマイチであったという読書会はダメ(L)” | 〈自分が評価する読書会を把握〉 |
[参加者軸]“結局,参加者に左右される(J)”,“参加者のクオリティ(T)”,“参加者の質(P)”,“層が良い(B)”,“造詣が深(い)(E)”,“自分よりすごい人(S)”,“苦労した時の者同士(Q)”,“同じ問題意識を持っている人(F)” |
[議論の場軸]“(議論で思わぬ)何かと遭遇して会話ができると印象に残る(V)”,“答えを擦り合わせる間があったとか,時間があって,相手のことがわかるとそのような歓喜というか,印象に残る(Q)” |
26 | “徐々に変化があって,仕事が変わったということで少し大きく変わった(A)”,“顔見知りが増えて(略)楽しみが増えましたよね。なんか仲間に会ったかのような(P)”,“今はむしろ(略)読書会に参加する自分の目的がより明確になってきてる(M)” | 〈読書会の波及効果を認識〉 |
27 | [読書会は]“価値観の切り口を交換(T)”,“しゃべる機会,時間が与えられている(T)”,“体験も価値観も全然違う人が寄り集まって(O)”,“安心安全の場として集まれる(R)”,“自由に活発に,色々喋れるオープンな空間(T)”,“素直に参加者それぞれの対話を聞いている,穏やかな時間(N)”,“ある意味共通のベースを持ちえた(P)”,“同じ本を読んで感想を言い合う(R)”,“同じメンバーしかいないと(略)変化がない(M)”,“毎回(参加者が)固定だと,ガチガチに(I)” | 〈読書会の構造や仕組みを理解〉 |
28 | “やっぱり主催者さんとその他の周りでサポートしてる方たちが,クオリティ高く持って行って下さって(P)”,“主催団体によりけり(T)” | 〈読書会主催者を評価〉 |
29 | “仕事に役立てています(V)”,“自分の会社の活動でどう活かせるか(E)”,“スキルに繋がっています(N)”,“すごく役に立ちました(M)”,“自分でやってる新規事業関係の話につながる(E)”,“こういうことを試みよう(K)” | 〈仕事や実践に活用〉 | 《他活動への波及》 |
30 | “人脈が出てきます(B)”,“読書以外の趣味に発展していく(略)。読書会が基礎で,そこに読書以外の趣味(略)を深めてみようみたいなことが起きる(U)”,“同じ時間を共有するっていうのはなんか力がある(M)” | 〈人的交流・人脈形成への活用〉 |
31 | “もっと聞く方に集中すべきだった(G)”,“核心に迫られれば良かった(略)深い角度から掘り下げて(略)っていう点は反省(O)”,“あの時自分でこうした意見を発したのは自分がこんなことを考えていたんだ,とか振り返って(E)” | 〈言動の振り返り〉 | 《内省》 |
32 | “テンション上がった(S)”,“見方が変わ(った)(K)”,“興味を持つようになった(A)”,“モチベーションが上がる(U)”,“行動が強化される(V)”,“見方が増える(I)”,“論理的説得力の練習に(H)”,“色々と考えてみるって言うプロセスを踏めた(U)”,“考え方を変えるっていうのはありました(U)” | 〈感情・思考・行動の変容〉 |
33 | “読書量は5倍になりました。5倍。それまで(略)漫画とかゲームだったんです(N)”,“(読書量は)倍とか3倍とかにはなってる(L)”,“読む速度がやっぱ早くなった(略)想定できるようになった(L)”,“いろんな本を結びつけて読む(S)”,“何度も何度も読み込んで(略)小説の読み方じゃないですね(N)”,“習慣化していて,(略)今までも続けている(U)” | 〈読書習慣と読書スタイルの変化〉 |
34 | “古いものはどうしても忘れちゃっている(F)”,“外れた読書会というのは(略)記憶に残らない(U)”,“感覚として忘れてるものが7, 8割ぐらいある(M)”,“なんかの瞬間に読書会の記憶が(略)フラッシュバックする(N)” | 〈忘却〉 | 《忘却》 |
第6表のうち,《読書会への期待》カテゴリにおける〈議論による成果や目標達成を期待〉という概念に紐づく回答が偏って多かった人は,《他活動への波及》カテゴリにおける〈仕事や実践に活用〉という概念に関する回答が多く見られた。回答者Nは,読書会を“実践するための糧(N)”と捉えており,実践に役立つかどうかを基準に読書会を選択し,読書会後の帰結につなげていた。回答者N自身も“仕事とか,読書会でも更なる刺激が求めるようになって,仕事でもさらに訓練して,という正の循環が回っていく実感が得られますね(N)”と,この傾向を自認していた。このような概念の組み合わせの傾向を持つ人は,読書会を,自分にとって役に立つ機会として捉えている可能性がある。このような認識は,“(読書会に対して)仕事に繋げていくと言うところの変化が強くなってきた(I)”と,別の回答者でも確認することができ,一つの傾向として捉えることができる。
一方で,回答者のうち《読書会への期待》カテゴリにおける〈場の偶然性に期待〉や〈場の心地よさ・気軽さに期待〉という概念に紐づく回答が偏って多かった人は,結果よりも,その場を楽しむことや,偶然の出会いを重視する傾向が見られた。回答者Kは,“読書会で会って,同じ本を読んで感想言い合って,そんなところから繋がっていく(K)”というように,人とのつながりが読書会の醍醐味と捉えており,読書会を《他活動への波及》という帰結の〈人的交流・人脈形成への活用〉の機会としている傾向が見られた。このような概念の組み合わせを持つ人は,読書会を,自分にとって楽しむ場として捉えている可能性がある。このような認識は,“(読書会の後に)希望者だけですけど連れ立って居酒屋でビール飲みながら一杯やって,こういうのも結構楽しい(D)”と,別の回答者でも確認することができ,一つの傾向として捉えることができる。ただし,回答者ごとに捉える傾向に偏りはあるものの,どちらか一方のみという捉え方は確認されなかった。このことから,参加者は読書会に対して複合的な捉え方をしている可能性があり,捉え方として読書会を役に立つ機会や楽しむ場として捉えている可能性が示唆される。
B. 統合カテゴリ関連図に見る読書会の性質
1. 読書会への期待は多様なまま参加者を動機の強い人に絞り込む
統合カテゴリ関連図(第1図)における第1グループが持つ読書会の性質を考察する。第III章A節で見た通り,《読書会への期待》カテゴリを構成する概念として,第2表の〈課題・テーマの深耕を期待〉から〈場の心地よさ・気軽さに期待〉まで,7つの概念が確認された。読書会参加者ごとに,これらの概念の傾向を確認した結果,回答者によって偏る概念の組み合わせは異なっていた。本研究では第6表の「組合せNo」列の通り,11通りの組合せが確認された。
《読書会への期待》カテゴリにおいて偏向する概念の組合せは様々であっても,読書会参加にあたって,《読書状況と読書スタイル》として余裕や負担感や費やせる時間の制約を認識している点は共通であった。《読書会の選択・企画》によって実際に読書会参加にいたるには,読書会参加における負担感や億劫さを乗り越えるだけの動機の強さが求められる。このことから,読書会は,参加者が持つ様々な期待はそのまま受け入れつつも,参加者を一定以上の動機を持った人に絞り込む性質を持つと推定される。そしてこの性質が,《読書会への期待》における参加者への期待につながっている可能性が考えられる。
2. 読書会での多様な発言に共通項を持たせる
統合カテゴリ関連図における第2グループが持つ読書会の性質を考察する。読書会参加には,《読書会に向けた読書》カテゴリといった,課題本を読んで準備する行為が必要であり,これが他種の会合,たとえば勉強会,講演会,交流会やオフ会・雑談会などとの違いとなって,前項で挙げた一種の負担感につながっている。
負担があるにも関わらず,《読書会に向けた読書》を行なって,読書会に参加するのはなぜなのか。インタビュー回答では,“読書会に参加すると「能動的に学んだ」という実感を得やすい(A)”や,“自分の考えが深まるし,深いところまで読んだ形になるよなっていうところ。達成感を覚えます(U)”といったように,一人での読書以上の効果を感じている場合が確認された。読書会の前に行われる《読書会に向けた読書》では,読書は一人ひとりがそれぞれで行っている。このカテゴリの読書は,情報を得て自分の中で情報をまとめる行為であり,課題本は参加者の知識形成のための情報源と言える。一方で,当日の《読書会での気付き》では,参加者は読書会での議論から情報を得ており,課題本は,読書会での議論で参照される共通項と言える。
読書会では課題本のみが共通で,それ以外の参加者の期待・目的・背景などは基本的に問われない。読書会では多様な参加者が集まって各々の視点・視座によって議論が展開されるが,“その本がテーマになるので,何について語るっていうのが明確ですよね(L)”という回答に見られるように,課題本が参照される共通項となって議論が進むため,自分と他の参加者との違いが,共通の課題本に対する「新しい視点・思考・価値観」として受け入れられ,相手からの異質な情報も課題本が参照元となり棄却されにくい。この性質が,《読書会への期待》における課題本への期待につながっている可能性が考えられる。
3. 議論・発言によって気付き・発見を与える
統合カテゴリ関連図における第3グループが持つ読書会の性質を考察する。《読書会での気付き》カテゴリの行為/相互行為では,参加者はお互いの目的・背景を気にすることなく,自分の期待や興味関心に応じた発言を行っていることが確認された。読書会では,参加者ごとに期待・目的・背景は異なるが,参加者はそのことを気にかけず参加している。読書会は全員が任意参加であり,課せられた目標や責任などはない。読書会は,多様な参加者が,職場でも家庭でもない独立した場による高い心理的安全性の下で自由に議論を行う。このような環境下にあって,読書会では多様な議論が展開され,それらの発言が許容される。参加者はこのような議論を通じて気付きを得ているが,これが読書会参加に感じる負担を上回る魅力になっており,読書会参加の本質と示唆される。この性質が,《読書会への期待》における議論の場への期待につながり,《読書会の選択・企画》を推進させている可能性が考えられる。
参加者は,読書会での議論や自分の発言から気付きや発見を得ることができれば,読書会参加に対してポジティブな心象が残る。これは,読書会参加者の参加前の知識構造が,参加後に別の知識構造に変容されたことを表していると推定される。そして,同じ議論や発言であっても,参加者ごとの異なる知識構造に対しては,異なる効果を持つと推察される。このことから,読書会での議論・発言といった参加者どうしの相互行為が,《読書会での気付き》カテゴリにつながる新たな情報となっていると考えられる。そして,参加者が得た新たな知識構造によって,読書会後の思考や言動が変化し,《読書会に対する評価》や,《他活動への波及》や,《内省》といった帰結につながるものと推定される。さらに,参加者が読書会で新たな知識構造を得たことがポジティブな心象につながり,次の読書会への期待への回帰につながっている可能性が考えられる。
C. 本研究の限界と発展可能性
本研究は,スノーボール・サンプリングによって読書会参加経験者を集め,インタビュー調査結果を元に,グラウンデッド・セオリーの手順を採用して分析を行なっている。サンプリングとして,年齢,性別,職業は多様であるが,回答者は全員,幅広く多くの読書会に参加しており,その中で経済・経営など社会科学に関する読書会を取り上げた回答が中心となっていた。今後,より多く,より幅広いサンプルによる調査・研究を加えることで,読書会をより全体的に俯瞰した視座が得られる可能性も考えられる。加えて,本研究はインタビュー結果を元にしており,回答者が自身の記憶から事後的に語った内容を分析している。今回採用したグラウンデッド・セオリーの手法に対する批判もある22)。今後,参与観察やエスノグラフィーを含む他の手法による調査・研究を加えることで,読書会を複数の視点からより深く精緻に明らかにする可能性が考えられる。
このような限界はあるものの,本研究によって,社会科学に関する読書会を中心に,日本における一般成人向け読書会が持つ性質の一端を明らかにすることができた。本研究は,日本の読書会研究における初期的な研究知見として報告する価値があると考える。本研究で明らかにしたカテゴリや概念は,今後の読書会研究において,領域を絞りより深い質的調査を行う場合でも,量的調査の測定や評価項目を検討する場合でも参考になるだろう。また前節で述べた通り,読書会は,参加者の期待・目的・背景が異なる状態を維持しつつ参加者を動機の強い人に絞り込み,参加者に課題本という共通項を持たせ,参加者同士の議論・発言によって知識構造を変容させるほどの気付きを与えうるという性質があると推定される。これは読書会が,人と人の関係から知識が形成される事象であることの可能性を示している。一般社会の中で,仕事でも家庭でもない集団ならびにコミュニティにおける,知識の収集,蓄積,提供といった活動がどのようになされているのかについての研究は,明らかにされていない事象も多い。そのような中,読書会は仕事でも家庭でもない集団ならびにコミュニティにおける,独自の知識形成の場の一つと考えることができる。このことから,読書会研究の発展可能性として,コミュニティでの議論を通じた情報の収集,蓄積,提供による知識形成の研究の方向が考えられる。
謝辞Acknowledgments
本稿は慶應義塾大学大学院文学研究科図書館・情報学専攻情報資源管理分野の2021年度修士論文を加筆修正したものである。執筆にあたりご指導いただきました,慶應義塾大学教授の倉田敬子先生に心より感謝申し上げます。
付録
本研究で使用したインタビュー回答結果(逐語録)は,以下のURLから参照することができる。
https://doi.org/10.6084/m9.figshare.21257187
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